ネオさんとダンジョンへ

 私が身体強化をして走る速度に、ネオさんは生身でついてきた。それも視聴者に話しかけながら。


「そう言えばみんな、なんでダンジョンに見張りの人がいるか知ってる? 戦えない人が迷い込んだりしたら大変だからなんだよ。それに探索者の出入りを記録して、遭難とかも対処してるわけ。ありがたいよねー」


 すごいな。基礎体力が違うことはわかっていたけど。私ももう少し鍛えないと。


「さて、そろそろ緑の迷宮第二階層だよ。ここからはイビルラビットとウルフバットが出てくるよ。俺コウモリは嫌いだなー。飛ばれたら武器届かないし。ヒノカは? 飛ぶ魔獣、嫌じゃない?」


 質問されると思っていなかったので、言葉に詰まった。

「……え、あ……私は魔法士なので……飛んでも飛ばなくても、あまり差がないと言うか」


「そうなんだ。俺も魔法は使うけど、やっぱり剣士だからなぁ。ヒノカは、何か苦手な魔獣とかいる?」

「スライムが……ちょっと」

「スライムねー。ゲームのキャラとしては可愛いやつが多いけどね。実物可愛くないもんなー」


 スライムは剣などの武器が効かない厄介な敵だ。私は魔法士なので相手はしやすいけど、そうじゃなくて。


「ええと、私、前にスライムが……その、他の魔獣を消化途中なのを、見ちゃって……」

「うわ。それ、死んでるのに消えてなかったってこと?」

「はい……」


「そりゃ無理だわー、苦手にもなるわー。ごめんね、嫌なものを思い出させて」

「いえ……大丈夫です」


 コメント欄に『まさか溶けて……?』とか『うげぇ』とか『見たくねー』なんていう、視聴者の反応が流れていく。


「そういえばヒノカは火属性の魔法も使うんだよね?」

「はい。メインの攻撃は火魔法です」

「いいね。ちょっと見せてもらいたいな」

 ちょうど、ウサギの魔獣が一頭近くに来たところだった。


「あ、じゃあ……えっと」

 杖を握り直し、足を止める。

「〈火焔〉」

 ごうっと火柱が上がった。ネオさんが目を丸くして、一瞬硬直したように見えた。


「うわあ。すごいね、ヒノカ。今の最大火力じゃないんでしょ?」

 コメントが凄まじい勢いで流れていく。一瞬、色の違うコメントが見えた。


「お、今誰かスパチャくれた? ごめんね、早すぎて……ああ、芝柴さん。いつもありがとー!」

「あ、ありがとうございます!」

 嬉しい。タイミング的に私の魔法を見てスパチャしてくれたと思ってもいいはずだ。


「よーし、どんどん行こうか。お客さん待ってるからねー!」

「はい!」


 また走りながら、ネオさんが今度は質問コメントを読み上げた。


「えーっと、質問が沢山きてるね。『二人はどういう関係ですか?』うーん。俺の行きつけの店の店員さんがヒノカなんだよね。でもまあ、実は学校が同じだったり……おっと。あんまり言うと実家の住所とか特定されちゃうかな?」

 ネオさんがおどけて笑う。


「次の質問いくよ。『ヒノカちゃんは今までどこに隠れてたの?』これはあれかな、探索者として配信とかしてなかったのかってことかな。ヒノカ、答えられる?」


「あ、はい。えっと、私は」

 ネオさんが励ますように私を見ている。

「は、話すのが苦手で、配信は、ちょっと」


「そうなんだって。なのに俺と配信してくれることになったんだ。頑張ってくれるの嬉しいよねぇ。質問もうひとついけるかな。『ヒノカさんは魔法士のようですが、属性は何ですか?』だって」


「私が使える魔法は、空間属性と、火属性と、無属性魔法の一部です」

「収納魔法が空間属性だよね。俺も空間属性欲しかったー!」

 ネオさんは本気で悔しがっていた。


「お。そろそろ第三階層だ。残りの質問は雑談配信をお楽しみに! ヒノカ、配達先は覚えてる?」

「えっと、Bの11です」

「そうそう。俺は忘れかけてた! さて、第三階層には大きな蟻が出るよ。虫嫌いな人はごめん。無理せず離脱していいからね!」


 ネオさんの言葉に反応して同接が減った。仕方ない。虫が嫌いというのは、探索者を辞める理由にすらなるのだから。









 道中で私はヒュージアントを三体燃やし、またスパチャをもらった。魔石はネオさんが拾ってくれた。

「いやー、このくらいの敵だと俺の出番が一切ないね!」


 ネオさんがそう言うと、コメント欄には『実況ネオ』とか『むしろ解説では』とか『マネージャーネオ』とか『引率ネオ』『ネオは付き添い』などというコメントが流れた。


「ふふん。俺は喋りだけでも配信ができる男ですので。さあ、そろそろお届け先だよー!」

 私の探知魔法はすでにイーグルさんたちの気配を捉えている。


 角を曲がると少し開けた場所で、イーグルさんとセイリュウさんが手を振っていた。

「どうもー、陽だまり亭でーす。お待たせー!」

「ぉ、お待たせしました!」


 おかもちを出して料理を取り出す。

「えっと。オムライス二つ、パンケーキひとつ、あとコーヒーが二つで合ってますか?」

「合ってるよ、ありがとさん」

 イーグルさんが強面に笑みを浮かべた。


 私が代金を受け取ると、ネオさんが言った。

「それじゃあ、無事に出前が届いたところで、今日の配信はここまで。新しいチャンネルよろしくね。雑談配信するから質問募集中だよー」

「あ、あの、ご視聴ありがとうございました」

「ウンウン。みんなありがとー! じゃあねー!」


 配信機材が停止して、ことりとダンジョンの床に落ちた。ネオさんが大事そうにそれを拾う。

「どうだった? 配信に出てみた感想は?」

 ネオさんに聞かれて、私は考えながら答えた。


「えっと、思ったほど緊張しなくて済みました」

「本当に? それは良かった」

 もちろん、ネオさんが居てくれたからだ。


「オムライス美味いな。これ、ヒノカちゃんの叔父さんが作ってるって?」

「そうなんです」

 イーグルさんに褒められて、私もなんだか得意な気分になる。すごいのは叔父さんなんだけどね。


「パンケーキふわっふわなんだけど!」

 甘い物が好きらしいセイリュウさんが嬉しそうに言った。

「収納魔法で運んでるから、あったかいのがすごく良いね」


 二人は「もっと早く知りたかった」と言い、ネオさんに「お前こんなの食ってたのか」「ダンジョンの中でパンケーキとか狡い」と文句を言っていた。


 正直、イーグルさんは体も大きくて少し怖い印象だったし、セイリュウさんはもっと無口なのかと思っていた。でも、話してみると二人とも良い人で。ギルドの先輩としても探索者としても、尊敬できる二人だった。


 セイリュウさんがこそりと囁く。

「もし、ネオと何かあったらすぐに相談して。俺が半殺しにしてやるから」


「先輩、聞こえてます」

 ネオさんがセイリュウさんを睨み、けどセイリュウさんはそれを気にした様子もなくケラケラと笑っていた。








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