新チャンネルと出前配信
「二人には新しいチャンネルを立ち上げてもらうわ。まずはネオのチャンネルから視聴者を誘導するわよー」
そうなるよねぇ。私には視聴者がついていないから……
「ヒノカは急に有名になって、情報が知られてないからねぇ」
「というわけで、一度ネオのチャンネルにゲストでヒノカちゃんに出てもらうわ。ヒノカちゃん。どこか行きたいダンジョンとかある?」
「……え?」
どのダンジョンに行きたいか、なんて考えたことがなかった。
「どこか戦いやすい所とかない? 水場がある方が良いとか、狭すぎるのは嫌だとか」
「いえ、特には……」
「そう? なら、火魔法が映える所がいいかな。ヒノカさんは同時に使える魔法の数が多いから、群れを相手に『雑魚を一掃!』みたいなのもいいかも」
ネオさんが嫌そうな顔をした。
「野崎さん、あんまり危険なことは」
「わかってるよぅ、大丈夫大丈夫」
「あ、あの……」
私にはひとつ思いついた……いや、思い出したことがあった。
「私、やってみたいことがあるんです、けど……」
「もうすぐ配信開始だけど、準備はいい?」
「これって、仕込みですよね……」
野崎さんに言われて時計を見て、私はそう呟いた。
「ちょっと演出を入れるだけよぉ。ある程度はどこのギルドでもしてるからね」
「はあ……」
「ごめんね、マスター。巻き込んじゃって。元は俺の思いつきなんだよ」
ネオさんに言われて叔父さんは苦笑している。
「まあ、いいけどな。店の宣伝にもなるし」
私が提案したやりたいこと、それは以前ネオさんに言われた『出前配信』だった。
「もう一度確認するよ? 11時を過ぎたら、まずイーグルとセイリュウから出前の注文が入るからね」
イーグルさんもセイリュウさんも『獅子の爪』の先輩探索者だ。先にダンジョンに入って待機してくれている。
「届け先は緑の迷宮の第三階層、ネオは全速力で走るのはやめて。配信用ドローンが追いつけなくなるわ」
「わかってるよ」
「戦闘はなるべくヒノカさんメインで。コメントはネオが捌いて。質問には全部答えなくていい。わざと残して雑談配信に誘導して」
「私も少しは喋った方が、良いですよね……?」
「そうねぇ……挨拶だけちゃんとしてちょうだい」
その挨拶が私は苦手だ。高確率で吃るから。
「……頑張ります」
「そんなに緊張しなくても」
ネオさんが私を見て微笑む。
「大丈夫だよ。俺がいるし」
「……うん」
野崎さんがため息をついた。
「あんたたち距離が近い。まだ匂わせでいいって言ったでしょう」
私の顔が赤くなる。付き合い始めたからか、友達の距離感ではなくなっているらしいのだ。
「まあいいわ。バレたらバレたで、思いっきりいちゃいちゃしてもらうからね」
「それはもう、ダンジョンも探索者も関係なくならない?」
野崎さんがネオさんを睨んだ。
「あんたが自重すればいいのよ、わかってる?」
配信はまず、ネオさんが陽だまり亭に来たところからスタートした。
「こんにちはー。ネオのチャンネルにようこそ。今日はダンジョンの外から配信してるよ」
私は皿を洗いながら、ネオさんに声を掛けられるのを待つ。
「ここがどこか知っている人もいるかな? 店のマスターにちゃんと許可を得て配信してまーす」
ネオさんが宙に浮く配信機材ににこにこと手を振る。
「ここは陽だまり亭っていう、俺もお気に入りの洋食店なんだ。こんにちは、ヒノカ」
「……こんにちは、ネオさん」
ちょっと詰まったけど、第一声がちゃんと出たことにホッとする。
「ヒノカは俺の知り合いなんだよ。ほら、この間、新人探索者をイレギュラーから助けた魔法士。みんな知ってるかな?」
ネオさんの流暢な喋りに、同じことはできないなと思う。
「あの時の出前の人がヒノカです。ちなみに、俺のオムライスを届けてくれた帰り道だったんだって。実はそのヒノカが『獅子の爪』に所属することになりましたー!」
私は配信機材に向かって、ぺこりと頭を下げた。
「ヒノカ、今配信を見ている人たちに何かひと言あったらどうぞ」
「ぁ……えっと、ヒノカです。今後とも、よ、よろしくお願いします」
ああ、やっぱり吃った。羞恥で顔が赤くなる。
「緊張してるかな? 配信、慣れてないもんね」
「はい……すみません」
「いいよ、いいよ。大丈夫。みんな最初は緊張するし! 少しずつ慣れていこうね。そうそう。ヒノカは俺のバディになる予定です。新しくネオヒノちゃんねるっていうのを立ち上げるから、みんなよろしくねー!」
私の個人チャンネルはそのまま残してある。いつかひとりで配信することもあるかもしれないし、諦めなかった夢の記録として。『ネオヒノちゃんねる』という名前は、なんだか『新しいヒノカちゃんねる』みたいで、ちょっと嬉しい。
店の電話がリン、と鳴った。ネオさんが少し声を落とす。
「電話みたい。邪魔しないようにしないとね」
「……ヒノカ、出前頼めるか」
電話を切った叔父さんが言う。
「ぅ、うん。どこまで?」
「緑の迷宮、第三階層。Bの11辺りだな」
「わかった」
注文の品はすぐ作れるように事前に準備されている。わざとらしくならないように、ネオさんが言った。
「ヒノカ、出前行くの?」
「あ、はい」
「それ、ついて行ってもいいかな?」
「出前に、ですか」
「そう。面白そうじゃない、出前配信」
「えっと、私は構わないです」
叔父さんも「客も探索者だから構わないだろう」と言った。以外と演技上手。
「よーし。じゃあこのまま一緒に行くね。みんな、ヒノカが戦う所、見たいよね!?」
私は洗い物をしていた手を拭いて、左耳にイヤーカフを着けた。配信機材と繋がっている魔導具で、これを着けると視界に透明な画面が浮かぶ。ここから視聴者のコメントや反応を見るのだ。
流石はネオさんのチャンネル。同接も多いし、コメントもちゃんと流れている。なんだかちょっと怖くなるくらい。
「料理の用意ができたみたいだよ! オムライスが二つとパンケーキ、あとはコーヒーだね。パンケーキ美味しそうじゃない? 俺、マスターの料理のファンなんだー」
叔父さんが苦笑しながら料理をおかもちに入れて、私の前に置いた。
「ヒノカは収納魔法が使えるんだよね?」
「はい」
「じゃあこれも魔法で運んじゃうのかな?」
「そうです」
おかもちを収納用亜空間に取り込む。それだけでコメントがドッと流れた。
「緑の迷宮だったよね。第三階層Bの11だね。じゃあ、行こうか」
「はい」
ネオさんと一緒にダンジョンに入るなんて。緊張する……けど、なんだか少し楽しみだ。
「こんにちはー、配信中でーす」
ネオさんに言われて、見張りの木村さんが驚く。
「え、これ今撮影してんの?」
「そうですよ。いつもダンジョンの見張りお疲れ様です」
「おー。そうかぁ、ヒノカちゃん、配信に出てるのか」
木村さんが嬉しそうな顔をした。
「良かったなぁ、ヒノカちゃん」
「はい。ネオさんのおかげです」
私たちは木村さんに登録証を確認してもらって、ダンジョンに入った。
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