しまなみブルー ー風のWITCHー 〜伝説のジムカーナ女王が再びバイクに跨ったら、仲間に出会ってしまなみ海道で友情も絆も恋ももう一度取り戻していく件〜

TAKA☆

第0話 『――しまなみブルーが、ここにいる理由』

 夕暮れの海は、いつもより少しだけ賑やかだった。


 大島・吉海町。

 港に近い広場では、屋台の明かりが一つ、また一つと灯り始め、

 ステージからは太鼓の音と、少し歪んだスピーカー越しのアナウンスが流れてくる。


 「やったるDAY!in よしうみ」


 地元ではすっかりお馴染みの、夏の催し。

 観光客よりも、島の人間の方が多い。

 子どもたちは走り回り、大人たちは立ち止まって談笑し、海沿いの空気には、どこか懐かしい匂いが混じっていた。


 その海沿いの道を、六台の原付二種がゆっくりと流していく。

 急ぐ必要はない。

 今日は走ること自体が目的ではないのだから。


 先頭を走るのは、青いGSX-S125。

 小柄な体格に似合った、軽やかなフォーム。


 その後ろに、マットシルバーのCB125R。

 安定したライン取りで、前走者との距離をきっちり保つ。


 赤と黒のGSX-R125――

 タンクには、小さく貼られた「VALKYRIEワルキューレ」の文字。


 続くのは、カーキ色のハンターカブ。

 ゆったりとしたペースながら、道を知り尽くした走り。


 更には、白のPCX。

 落ち着いた走りでハンターカブを追う。


 そして最後尾。

 もう一台のGSX-S125。黒。


 その黒いGSX-S125を操るのは、紫の着物姿ではなく、軽装のライディングジャケットを羽織った水野みずの志保しほだった。


 ――本当は、――で来たかったんだけどね。


 胸の内でそう呟きながら、志保は視線だけで前を行くメンバーを追う。

 本来の志保の愛車は今、今治オートセンターで修理中。

 今日は代わりに借りたこのGSX-S125で走っている。


 だが、不思議と物足りなさはなかった。

 この軽さ、この素直さ。

 島の夕暮れを流すには、むしろ丁度いい。


 「ねぇ、志保さん」


 インカム越しに声をかけてきたのは、先頭の瀬戸せとゆいだった。

 青いGSX-S125を操る、しまなみブルーのリーダー。

 彼女はこの物語の中心にいる存在。

 人と人を、自然と繋げてしまう不思議な引力を持つ少女だ。


 「この辺、やっぱり夕方が一番気持ちいいよね」


 「ええ。風も穏やかだし、景色も綺麗だわ」


 志保がそう返すと、後方から元気な声が割り込む。


 「せやろー! ここ、ウチのお気に入りポイントやねん!」


 カーキ色のハンターカブを走らせるのは、伊吹いぶき彩花あやか

 関西弁そのままの、明るい声。


 「……彩花、前見て。屋台の車、停まってるよ!」


 落ち着いた声で注意を入れるのは、たちばなりん

 高校生ながらマットシルバーのCB125Rを操る、しまなみブルーの副リーダーだ。


 「はいはい、副リーダーは厳しいなぁ」


 「副リーダーじゃなくても言うよ、もう」


 そのやり取りに、インカム越しで小さな笑い声が混じる。


 「ふふ……」


 赤黒のGSX-R125――「ワルキューレ」に乗る三浦みうら悠真ゆうま

 志保の甥、いや姪であり、見た目はどう見ても可憐な女の子。

 だが彼女はトランスジェンダーで、生まれた性別は男。


 それを知っているのは、この場にいる全員だった。

 そして、それを特別視する者は誰一人いない。


 「ね、琴音ちゃん。あの屋台、あとで行こ?」


 悠真の声に、PCXで後ろを走るもう一人が頷く。


 「……は、はい。りんご飴、食べたいです」


 伊吹いぶき琴音ことね

 彩花の妹で、基本は敬語だが姉の前では少し関西弁が混じる子。

 少し内向的だが、この輪の中では安心した表情を見せていた。


 五人――そして志保。

 年齢も、立場も、過去も違う。


 それでも、今は同じ方向を向いて走っている。


 志保はふと、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


 ――不思議ね。


 ついこの間まで、

 自分はただ「悠真さんの保護者」でしかなかったはずなのに。


 広場にバイクを停め、エンジンを切る。

 ヘルメットを脱ぐと、屋台の匂いと海の匂いが一気に押し寄せてきた。


 「志保さん!」


 結が駆け寄ってくる。


 「今日も一緒に来てくれてありがとう」


 「こちらこそ。誘ってくれて嬉しかったわ、うふふ」


 「へへ。だって志保姉さん、もう“こっち側”やん?」


 彩花がそう言って笑う。


 「……“しまなみブルー”の一員やろ?」


 志保は一瞬だけ言葉に詰まり、

 それから、ゆっくりと微笑んだ。


 「……ええ。そうね」


 少し前なら、きっと即答できなかった。

 でも今は、違う。


 夜空に、最初の花火が打ち上がる。

 音と光が、島の空気を震わせた。


 「……綺麗」


 琴音が小さく呟く。


 「そうだね」


 凛が静かに頷く。


 志保は夜空を見上げながら、心の中で思った。


 ――この物語は、ここから始まったわけじゃない。

 でも、ここに“続いている”。


 そして、ここから遡って語られる。

 彼女たちが、なぜこの場所に辿り着いたのかを。


 それが、しまなみブルーの物語だ。


 To be Continued...

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