第2話 「埼玉、変身、無花果様。」
「町田から埼玉、遠すぎん……?」
出発して2時間半、電車3本乗り継いで着いたのは――
変身コスプレ体験スタジオ『旅彩ぷらざ』。
サイトのレビューには《人生変わりました》とか
《自分を好きになれた!》とか書いてあるけど、
今の私はもう、不安しかない。
緊張で、お腹の中で猫が全力で爪とぎしてる感じ。
「ご予約の桜井さまですね~、本日はよろしくお願いします~」
笑顔のスタッフさんの声すら眩しい。
(なんかもうプロってだけで美しく見える……)
「本日はどんなキャラクターをご希望ですか?」
そう聞かれて、私は少し間を置いてから言った。
「……勘解由小路無花果様でお願いします。」
ヒプマイのキャラ。強くて、冷たくて、
美しくて、命令ひとつで人が震えるような――
THE・絶対女王。
昔から、可憐で守られるヒロインには興味なかった。
戦う女。孤高の女。
そういう女性に、ずっと憧れてた。
小さい頃から家庭がめちゃくちゃで、
何が正しいとか、守られるとか、よく分からなかった。
「せめて、強くなりたい」って気持ちだけが、
心の中で唯一まともだった気がする。
更衣室で着替える時、鏡の中の自分がこわかった。
黒と金の衣装。光沢のある布。露出は少ないのに圧がすごい。
「私みたいな人間が着ていいやつなんか……?」
また例の謎理論が脳内でささやく。
でも、ウィッグをかぶった瞬間、
鏡の中に、“まだ知らない私”がちらっと現れた。
次はメイク。
すっぴんを晒すのが地獄すぎて、半泣きで座った。
でもメイクさんは一切驚かずに、黙々と、でもやさしく
私のまぶたに色をのせていく。
黒のアイシャドウ、赤いリップ、キリッと描かれた眉。
どんどん“すみれ”じゃない顔になっていくのに、
不思議と、心は落ち着いていく。
緊張がとけていく。
武装されていくごとに、自分が守られていく気がした。
「……お仕上がり、どうですか?」
そう聞かれて鏡を見たとき、
私は一瞬だけ、言葉を失った。
そこにいたのは、“誰かに否定される前に自分で笑ってた”私じゃない。
自分の中にあった“強さ”に、初めて化粧で火がついた瞬間。
「……うん、無花果様って、
強いだけじゃなくて、凛としてて……美しいよね」
スタッフさんがぽつりと言ったその言葉に、
私はまたちょっと泣きそうになった。
撮影ブースに入る頃には、私はもうほとんど緊張してなかった。
堂々と立つ姿勢だけは、ちゃんと真似してみた。
ポーズもキマってないし、目線も定まらないけど、
なにより、今の私は笑ってない。
それがうれしかった。
写真は、後でデータで送ってくれるらしい。
それを見るのが、ちょっと怖くて、でも楽しみだ。
帰り道、電車の窓に映った自分は、
すっぴんのままなのに、ちょっとだけ強そうに見えた。
続く
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