闇より昏き龍の姫君
アガペエな呑兵衛
第1話 青い空の見える島
沖縄の空はどこまでも青かった
思えば、ここ十年間というもの、ずっと油臭くて狭苦しい環境で暮らしていたせいで、毎日太陽の元で暮らせる当たり前の事が、凄く不思議に感じられる
和磨は手応えの無いリールを巻き取ると、餌だけ無くなった針先を確認して、自分には釣りの才能が無いのだな、と改めて認識する
両親を事故で亡くしてから、この離島で漁師を営む祖父に引き取られ育って来たにも関わらず、釣りは苦手だった
子供の頃は、祖父と並んで釣り竿を垂れ、潮騒と青い空を眺めているだけで楽しかった
祖父のラジカセからビートルズが流れていた
祖父が若い頃に流行った曲は、当時の和磨にはピンと来なかったが、成長した今ならその良さが解る様になった
都会から田舎の貧乏暮らしに変わったが、お世話になる祖父に負担をかけまいと、死に物狂いで勉強して江田島に在る海上自衛隊第一術科学校に合格出来た
特別、国の為とか国防に関心が在った訳でも無かったが、何しろ学費も生活費も無料な上に、給料まで支給される
口数少なく無骨を絵に書いた様な祖父が、その時ばかりは顔をくしゃくしゃにして笑顔で送り出してくれた
最期の海空生徒卒業生、三等海曹として配属されたのは、潜水艦勤務
都会から田舎へ引っ越したせいか、友達も少なく口が固い性格と、唯一の楽しみが祖父のビートルズだった事で培われた絶対音感を評価されたのか、学生当時からソナーマンとして期待されていた
ただ、そのお陰で女性とは全くこれっぽっちも縁が無い青春であった
アラサーの和磨にとって、この離島に暮らす限り結婚どころか恋愛さえも不可能に思える
観光客が訪れる様な場所ですら無い過疎の島だ
祖父が倒れた報せに、休暇を貰って訪ねて見れば、台風で傷んだ屋根の修理中に転落、骨折してから寝たきりに為ってしまっていた
潜水艦勤務の和磨は、自衛官としては高級取りだったが、他に身内も無くヘルパーを依頼出来る本島への移住も頑なに拒否する祖父の為に、海上自衛隊を退官した事に悔いは無い
が、その祖父も先月他界してしまった
島には坊主も居ないので、本島で葬儀を行った後、遺言に従って生まれ故郷の離島の海に散骨した
( これで本当に天涯孤独と為ったわけだ… )
祖父の形見のラジカセは、昔のメイドインジャパンで、30年が経過しても未だに壊れず音を奏でる
ただ、流石に磁気テープが伸びてしまい、間延びした感覚は否めない
( CDラジカセに買い替えるか … いや、今はメモリープレイヤーだっけ )
これからどうするか、全く考え付かないが自衛官当時に貯めた貯金で、独りならこの島で暮らして行く事も出来なくは無さそうだ
何しろ現役当時は、金が有っても使う時も使い途も無かった
( せめて釣りの才能でも有れば、毎日魚食べて暮らしていけるのに … )
潜水艦勤務だった頃から、陸地での出来事とは隔絶されて居たせいで、あまり世間の事にも興味は無い
少子化の影響か、護衛艦の女性艦長が任官したとか、女性ヘリパイロットが生まれたとか言うのは部隊内の噂で知っては居たが、一般的な常識や流行とは無縁である
今やハンドルを握らなくても車が勝手に運転してくれる時代らしいが、この島では軽トラ以外の需要は無い
海底ケーブルさえ敷設されて無い為、TVもNHK以外映らなかった
そもそも祖父の家にTVは無い
スマホが有っても圏外だが、和磨は元からスマホを持って居なかった
そう言えば、週一の定期船で運ばれる新聞に、海自の不正問題が取り上げられて居た
一部の自衛官がUMJ等のメンテ業者を通じて、本来持ち込みが禁止されているスマホやゲーム機器などを不正に持ち込んでいた慣習が叩かれ、海将が懲戒処分されている
和磨が任官するずっと以前からの慣習なので「そう言うものだ」と思っていた
和磨は小学生当時から勉強に明け暮れ、ゲーム等とは無縁で興味すら無かったが、艦内で回し読みする漫画の単行本やビデオは良く見た
何しろ祖父の家にはTVすら無い
流行り廃りでコロコロ入れ代わりが激しいポップスよりも、幼い頃から慣れ親しんだビートルズは何物にも代え難たかった
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