第5話 暖房がガンガンにかかった部屋でアイスクリーム
地球が温暖化するだなんて、誰が言ったんだ。
地球は今、氷河期である。
地球というものは寒冷期と温暖期を繰り返しているのだけど、何年か前までは温暖化していると声高に叫ぶ人が多かった。しかし、逆だったのだ。地球に迫っていたのは寒冷化であり、目先の温度上昇にばかり気を取られて、実際に到来しつつある氷河期に備えることができていなかった。
寒い。ガタガタ震えている。
布団にくるまり、暖房をつけた。いや、つかない。もう燃料はなくなっていた。
なので、ただ布団にくるまっているだけだが、まるで温かくなりはしない。
このままでは死んでしまう。余りの寒さに恐怖を感じた。
なら、どうする? 動くか?
「うりゃー!」
私は奇声を上げると、やたらめったらに身体を動かした。奇怪な運動を一通り行い、そして、息を切らせる。
「はあはあ、ぜぇぜぇ……」
疲れた。一瞬だけ、寒さを忘れることができたが、動きを止めるともう駄目だ。
寒い。動いた分だけ、私は疲れており、寒さに抗う力を失っているように思えた。
どうする? 外に出るか? ここより寒いぞ。
しかし、外に出なければ、燃料を得ることはできない。燃料がなければ暖房は働かず、暖房がなければ、私は死ぬ。
「嫌だ、死にたくない!」
恐怖にかられるとともに、大声を上げていた。
そして、十枚着ていた服の上に、セーターとコートを何枚か羽織ると、意を決して、外に出る。
◇
まだ名乗ってないよね。よし、名乗ろう。
私の名前は
すっかり世界は終末の様相を呈していた。急激な寒冷化で人類の生産性は壊滅的になり、燃料も足りなければ、食料も足りない。交通機関も壊滅的だし、暮らせる場所も減ってしまった。生き残った人々は、じり貧のその日暮らしを行うばかりだ。
そんなわけで、とてもライターの仕事なんてなくなってしまった。
とはいえ、こうして手記を残していれば、誰か読んでくれるかもしれない。その人に少しでも役に立てばと思い、こうして記録を残している。
そして、暖房は人類にとって最高の贅沢になっていた。無論、私には縁遠いものだ。
けれど、暖房がなければ死んでしまうのもまた事実。贅沢だろうと高級だろうと、どうにかして手に入れるしかない。
◇
外に出た。
寒い。がくがくと膝が震える。全身に鳥肌が立ち、全身を寒さから守ろうしているのだ。
しかし、そんなことでどうにかなるような寒さじゃない。
「せめてカイロに頼るか」
そう呟くと、コートのポケットに手を突っ込んだ。ポケットの中まで冷たい。手がガチガチに震えさせながら、どうにかカイロを取り出し、やはり震えつつパッケージを開く。
すると、ポンポンと私の肩を叩くものがあった。
「どうも、耳寄りな情報があるのです。買いませんか?」
そこには長い嘴のついたマスクを被った男がいた。ペストマスクのようだ。どうなんだろ、このマスク、温かいのかな。
けど、誰だ? こんな人、この辺にいたかな。
「お代はそのカイロでいいでしょう」
そう言うと、情報屋は俺からカイロを奪うと、その代わりに生ぬるい水の入ったペットボトルを渡してくる。
「それを持って、そこの道の脇に入るといいでしょう」
おい、なんで勝手に決めるんだ。
私は文句を言いたかったが、情報屋はいつの間にか姿を消していた。なんて、すばしっこい奴なんだろう。
釈然としない気分のまま、情報屋の言葉通りに道を曲がる。
せめてカイロを取られた分を取り戻したいと思っていた。本当に何かがあるかはわからないけれど。
脇の小道に入ると、外に出ているお姉さんがいた。
見ると、水道管が壊れているようだ。修理しようとしているようだが、水道管が凍り付いてしまっている。
「これでどうにかならないかな」
私はペットボトルを差し向けて、ぬるい水を水道管に注いだ。
すると、ちょろちょろと水が流れ始める。
「ああ、良かった」
お姉さんはほっと一息ついた声を出した。
「水道管の中で水が凍ってしまってたみたいで……。水道通ってるのここだけなので、助かりました」
そう言うと、家の中に入ると、スコップを持ってきた。
「せめてものお礼です。余っているので、どうぞ」
余るようなものなのだろうか。
しかし、カイロがぬるい水になり、ぬるい水がスコップになった。
もうしばらく道を進むと、倉庫のような場所についた。
そこで、男の子がガンガンと倉庫の扉を叩いている。
「くそっ、こん中に資材が残ってるはずなんだよ」
そうは言うが、扉は凍り付いていて開きそうになかった。
ふと、手に持ったスコップに目が行く。
「こいつでどうにかなるかな」
そう言って、スコップで扉をガンガン叩いた。
ダメだ、びくともしない。
「あ、こっちに窓があるじゃん」
スコップで窓ガラスをたたき割った。男の子と一緒に倉庫に入る。
そこは宝の山のようだった。なんと、燃料があるじゃないか。私は燃料の入ったポリタンクを二つほど手にすると、ホクホクとした気分で家に帰った。
◇
暖房に燃料を注ぎ込む。そして、ストーブを動かす。
すごい! 暖かい! 暖かいぞ!
たった、それだけのことだったが、それでも氷河になった時代では泣きそうになるほどに嬉しい出来事だった。
これでしばらくは生きていくことができる。
ぬくぬくと暖かくなってくる。寒かったのが嘘のようだ。頭が暖かさでボーとしてくる。
暖かくなってくると、一気にお腹が空いてきた。
何か食べようかな。お酒も飲もうかな。
「これだ!」
アイスの実をグラスに入れる。これはイチゴ味。そこに酎ハイを注いだ。ストロングゼロだ。
「現実に耐えられないとき、これを飲むのじゃ」
わかったよ、老師。
私は心の中の老師に礼を言う。
爽やかな飲み口。優しめの炭酸と弱めの甘さが愛しい。レモンとライムの香りが清涼な飲み心地を演出していた。
部屋の暖かさによって、次第にアイスの実が溶けてくる。
酎ハイの飲み口が徐々に甘くなり、果実の芳醇な香りに満ちていった。
「この味の変化、いいなあ」
酎ハイとアイスの実が溶け合った。その見た目はどこかいちごミルクを思わせる。味わいもいちごミルクのようだった。
これは確かに美味しい。イケるじゃないか。
ワインでもやってみよう。
酸味の効いたスパークリング白ワインだ。微炭酸の優しさがよく、その香りが味を引き締めている。
これがアイスの実と混ざり合うとどうなるのかな。
いちご味がワインと混ざり合う。いちごの酸味とワインの酸味、微妙に異なる二つの濁流を感じる。
うん、なんだこれ。最後の一口は甘い。
アイスクリームも食べようかな。アイスの実は
バニラのアイスクリームだ。
ほかほかとした部屋の中で、少し身体が火照っている。
そこで食べる冷たいアイスクリームの美味しいこと。
口の中で溶け、甘い味わい、バニラの香りが広がっていく。
この甘さ、冷たさは病みつきになた。一口、また一口と無我夢中で食べていく。
いつしか、アイスクリームはなくなっていた。
◇
暖かい部屋の中でボケーっとする。お腹の中のひんやりとした感触が心地よかった。
「いやー、これはしばらくのんびりできるなあ」
そう独り言を言うと、ぬくぬくとした温かさの中で、微睡みつつあった。
瞬間、冷気が全身を走った。お腹の中の冷たさが広がったのだ。
「え、寒い。急に……」
なんだろう、これは。病気か、風邪か。
私は急激に冷えた身体をどうにか動かし、ストーブの前まで来て、その温風をじかに浴びる。
ダメだ、全然寒い。まるで暖まらない。
ガクガクガク。歯がガタガタと音を立ててる。
全身を震わせるが、ただただ寒いばかりだった。
ガキンッ
寒さは冷たさ、いや、凍てつきに変わる。
動けない。身体が動かない。ただ、この凍てつきだけは全身に広がっていった。
違う。全身ではない。全身を通り越し、家全体を凍てつかせ、町全体を凍てつかせた。
奇妙な感覚だった。凍り付いた実感だけがある。
その凍てつく感覚はこの国全体を覆い、やがて地球全体を覆った。地球が凍りついている。地球上の大地という大地、海という海、空という空、そして、すべての生き物たち。私はその全てを内包し、全てを凍てつかせていた。
パリーン
やがて、凍てついた地球は破裂した。地球は砕け、宇宙の塵になる。
私は、……死んだ。
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