世界崩壊メシ。

ニャルさま

第1話 揚げバター

 瓦礫の街を歩く。それはずっと続く景色だった。

 現在、世界は崩壊している。


 私はなぜ生き延びたのだろう。偶然だったのだろうか。それ以外に何かあるのか。

 それはわからない。


 けれど、生存者に会ったことはなかった。

 滅びた街を歩き、次の街へ行く。その街も滅びている。おそらく、どこへ行ってもこの有様なのだろう。

 なんとなく、察してきている。核戦争があったのだ。


「A国、事態の収拾に当たり、核戦争に突入することを決意」

「B国、核兵器による攻撃に対しての核による報復を宣言」

「C国、核兵器使用国に対しての無制限の攻撃を警告」


 大破壊が起きる前、そんなニュースが飛び交っていたのだ。

 私は世論に疎かったが、残された情報を目にするにつれ、その確信を強くしていく。


 とはいえ、残されたのは、ただただ瓦礫の山だけだ。

 そんな瓦礫をひたすら歩き、何も残されていないのを確認する。

 今日もそんな時間が過ぎていくだけだ。そう思っていた。


 しかし、奇妙なものがある。


「この瓦礫さえ、どければ」


 誰に言うでもないが、そう言うと、木片を見つけてきて、てこの原理で瓦礫をどけていった。

 次第にその場所がむき出しになっていく。


 それは地下施設だった。

 シェルターとしての機能があったのか、核爆発の被害を免れているように見える。

 しかし、扉は開いており、その後、瓦礫に塞がれたようだった。


「ここには旧時代の情報が残っている。俺にも何かわかるだろうか。

 けど、それより、食料だな。もう手持ちの食料がほとんどないんだよ」


 そう呟きながら、原形を留めているシェルターに潜っていった。


          ◇


 名乗るのが遅れてしまったかもしれない。私の名前は麓郎ろくろう。覚えてもらう必要があるかは、わからない。

 フリーランスでライターをやっていた。まだ駆け出しだったし、ライターといえるかもわからない雑用のような仕事が多かったけれども。


 もっとも、こうして書いているものを誰かが読んでくれるかはわからない。

 でも、こういうのは、書き記すことこそ必要だ。記録に残すことが大事なんだ。それが、どこかで誰かの希望に変わるかもしれない。何かの助けになるかもしれない。


 どうしてこうなったのか。


 それは私にもわからない。まあ、私が無知だからわからないということもあるか。

 突如、爆発音が響いた。ドーンドーンっと。やがて、その音がごく間近で起きたかと思うと、私は吹き飛ばされていた。


 幸か不幸か出かけるところだったので、厚着をしていた。鞄も持っていた。吹き飛ばされた際、頭を叩きつけられた時に鞄が後頭部へのクッションとなる。偶然だけども。そして、また偶然、私の顔をコートが覆っていた。

 その直後にビルが倒れてきて、瓦礫や破片から、コートが守ってくれる。そして、ビルは倒れてきたものの、私の身体は窓だった場所にあり、ビル倒壊のショックによるダメージはなかった。


 そんなわけで、私は奇跡的に生き延びたのだ。

 だが、そんな幸運は滅多にあることではないらしい。それ以降、私はいくつもの街を探索しているが、生き残った人にも救助を求める人にも出会ったことがなかった。


          ◇


 私はシェルターの内部に入っていった。扉がある。

 ガチャリ。ハッチは簡単に開いた。ここにいた人物は核爆発のすぐ後に出て、そのまま帰らなかったのだろうか。その後に二次的な瓦礫の落下で、この場所は埋まりかけたのではないだろうか。

 状況から、私はそんな予想をしていた。


 パッ


 私が入ると、灯りが自動的につく。ここの機能は生きているらしい。

 ガーガーという機械音も響いていた。どうやら発電機がまだ動いているようだ。


 周囲を見渡す。どうやら工房のようなものがあり、なんらかの装置を製作している途中のようだ。とはいえ、私の興味はそこにはない。

 キョロキョロと様子を伺い、食堂や台所のありそうな場所を見つけた。


 パッ


 やはり、灯りが自動的につく。大きなテーブルのある食堂を抜けると、厨房に入った。

 流しが複数あり、大きな調理場もある。冷蔵庫も大きかった。


「食材は残っているかな」


 冷蔵庫を開ける。その中身はガランとしていた。

 缶詰や瓶詰でもあれば助かったけど、そんなものはない。あるのはバターと小麦粉、それに蜂蜜くらいか。

 もしかしたら、元の住人がこれ以外のものは持ち去ったのかもしれない。そうだとすると、これだけ残っているのが幸いというべきだろう。


 だが、これで作れる料理といえば……。


「俺にこの手を染めろというのか」


 私は眉間にしわを寄せて顔を俯け、拳で額を軽く叩きながら、そう呟いた。


          ◇


 まずはバターを食べやすい大きさにカットする。そして、それを冷凍庫に入れた。簡単に溶けないようにする必要がある。


 次に小麦粉だ。溶かしたバターを水で溶きつつ、小麦粉と混ぜる。さらに蜂蜜を加えた。

 かき混ぜる。徐々にその形状が変わっていった。生地というべきものに変わる。


 ちなみに水は廃墟となったコンビニで手に入ったものを使っている。


 生地はすぐにできてしまった。バターはまだ固まっていない。

 少し時間ができたな。しばし待つ。


 そして、鍋に油を入れた。それをIHクッキングヒーターのコンロに乗せる。幸か不幸か、自家発電機があるのでこれも機能する。

 揚げ物を作るに当たって、油の温度というのは重要らしい。けれど、どのくらいの温度にするのが正しいかよくわからないし、揚げ物用の温度計も見当たらない。

 まあ、適当でいいだろう。


 冷凍庫からバターを取り出した。カチンコチンに固まっている。いい感じだ。

 それを先ほど作った生地にくぐらせる。そして、そのまま、煮立った油の中にぶち込んだ。


 ジュワジュワジュワジュワ


 油が激しい音を立てた。次第に油が飛び散る。目に入ると痛いのだろうけど、まあ、肌に当たる分には耐えられるレベルだ。

 適当にはねる油を避けつつ(後ろに下がった)、揚がるのを待つ。タイミングを見て、ひっくり返す。段々ときつね色に変わっていった。


 よし、いいだろう。


 私はそれを皿に盛る。

 揚げバターフライドバターの完成だ。バターを油で揚げる。この上なくシンプルでありながら、禁忌に踏み込んだ背徳のメニュー。

 ああ、何と罪深い食べ物であることか。


 ぐるぅぅぅ


 お腹が鳴る。どんなに食べ物に罪があろうが、お腹は減るものだ。

 食べたい。どんな味なんだろう。


          ◇


 冷蔵庫からビールを持ってくる。

 世界は終わった。人には誰にも会わない。だというのに、酒はある。

 それなら、飲まないわけにはいかないだろう。


 プシュッ


 開けたのはエビスビールだ。なんか、ちょっと贅沢な気分になれるビール。

 それに見合う味わいがあるのかはよく知らないけど、たぶん美味しいのだろう。


 ゴクリゴクゴクゴクグビリ


 うん、美味い。今日もずっと瓦礫の不安定な街並みを歩いてきたのだ。疲れがずしんと溜まっていた。

 そこに冷たくて、炭酸がシュワシュワと爽やかな味わいを演出し、ほどよい苦みのあるビールなんて、美味しくて堪らないに決まっている。


「美味い!」


 声にも出してみる。誰もこの声を聞いてはいないけれども。

 ただ、どこまでがエビスビールならではの美味しさかはわからない。でも、疲れた時の一杯目のビールは何よりも美味い。私の全身がその味わいにのた打ち回っているかのようだ。


「じゃあ、食べるぞ。揚げバター……!」


 私は息を飲むと、そのまま揚げバターに手を付けた。ナイフで一口大に切り、フォークで口に運んだ。


 まずは生地を味わう。カリカリとした食感が小気味いい。蜂蜜のものであるほのかな甘さが嬉しかった。

 だが、その奥にあるのはバターだ。


「なんという、まろやかさ! そして、ジューシー。バターが溶けてるよ。

 あ、奥のほうは火が通り切ってないな。固い。冷たい」


 いや、冷たいけど、決して悪い味じゃないぞ。というか、バターそのものなんだから、そりゃそうか。

 口の中で冷たいバターもやがて溶けていった。


 まさに旨味の塊。油の圧倒的な美味しさ。

 人というものは結局のところ、カロリーを求めているのだ。カロリーそのものといっていいバターが美味しくないわけがない。

 バターの美味しさ。牛乳由来の滑らかさ。油の本質というべき凝縮された旨味。


「バターは美味い。バターは凄い。万歳、万歳」


 私は思わず両手を上げた。そして、一人であることに気づいて、なんとなく、すぐ黙る。

 とはいえ、油を油で揚げ、それを食べるという行為。こんなこと、やってよかったのだろうか。

 今になって、背徳感と罪悪感が押し寄せてきていた。


          ◇


 背徳感が、罪悪感が、あるいは揚げバターのカロリーが、次第に私の脳にあった霧を晴らしていく。奇妙なことに私は頭脳が冴えていくのを感じていた。

 あの工房、あそこにあるのは……!


 ふと、そう思いつくと、いてもたってもいられない。

 工房までダッシュで行くと、そこの部品を組み合わせ始めた。


「この基盤にはこのプログラムを組み込んで、この装置はこれと繋ぎわせて、こいつにはこの燃料を入れとかないと」


 ブツブツつぶやく。アイデアが湯水のように湧いてくる。なんともいえない快感があった。それは揚げバターによってカロリーを喰らうのと感覚が似ている。

 瞬く間に――そんな感覚だった――機械は完成した。


「これさえあれば、戦争は終わる。俺が戦争を終わらせることができるんだ」


 そんな満足感があり、スイッチを押す。

 私の造った機械は核ミサイルだった。それも、とびきり高性能な。

 ミサイルは核国の主要都市を壊滅させるだろう。


 そう思い、私は会心の笑みを漏らした。


 あれ? なんで?

 ふと、そんな感情が湧く。なんで、都市を破壊するような攻撃をして笑わなくてはならないんだ。

 私は慌てて、先ほどまで自在に操っていた装置を止めようとする。けれど、無理だった。複雑すぎてどんな操作方法なのかが、まるでわからない。


「それに、もう主要都市なんて、全部滅んでるはずだよな」


 そう呟く。今まで見てきた新聞やらなんやらを照らし合わせるとそうなる。

 しかし、それが間違いだとすぐわかる。なぜか。攻撃が始まったからだ。


 ドドドドンドドドドンドドドドン


 前にもあった。街が瓦礫となり果てる前、こんな轟音が鳴り響いていたんだ。

 生き残った国家が報復の攻撃を始めたらしい。


 けれど、もう一つのこともわかる。

 私が造り上げた核ミサイルは確実にどんな都市も消失させる破壊力がある。この爆撃をしてきた相手ももはや生きてはいまい。

 それに、このシェルターは強固だ。以前の核攻撃も撥ね退けたのだ。破壊されることはない。


「あっ、シェルターの扉、開けっ放しだった」


 チュドーン


 核爆発の余波がシェルター内部に入ってくる。それは衝撃だった。熱波だった。放射能だった。

 私は吹き飛ばされ、焼け焦げ、汚染される。死んだ。

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