第42話 山越えへ

「もう、バカ…」


 後ろからのハグ。そして…。

 アタシ文香はまだ、幸せの余韻に浸ってる。


 そっと、胸に手をやって…、ブラトップの上からだけど、自身のそれを持ち上げて。そのまま軽く掴む。


「ん…」


 自分ですら満足出来ない。

 ユキヤじゃないとダメ。


 帰って来たら、また存分に可愛がって貰おう。

 そう思いつつ、アタシは洗い物に入る。その後は、洗濯…。


 1人になってしまった、お昼どうしよう?



 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「満タンじゃ少しタンクが重くなる。6分目程にしてるからな。帰り、入れとけよ。整備は万全。エンジンはすこぶる快調だ」


 出社したら、中型オフロード二輪のXRが車庫から出されていた。話を聞いて春口さん春兄ィがメンテしてくれたみたい。


「あのオヤジ、俺を避けやがったな」

「あれでもお得意様なの。春口君もほどほどにね」


 苦笑する社長夫人兎波の奥さん


 ラフロード越えなので後部トランクは外してる。書類入れ用のザックに転送され必要事項が入ったiPadを入れる。


「NaviもiPadに入れといたが、孝矢ならあの路解ってるよな」

「3度程通ってます。1度は夜間で」

「とても免許とって1ヶ月弱とは思えんな」

「春兄ィ直伝のテク、有りますから」


 整備含めて、色んな事を中学時代から教わってるんだ。


「時間ねぇ。頼んだぞ」

「でも、安全運転でね」


 亀沢孝矢は、頷くとバイクXRに跨り発信させる。


 グッ、ガ、キン。

 ブォン、タン、タタタ、タン、タン。


 今時珍しいキックスターター。

 HONDAの中型オフロード二輪車で、実は1995年から発売され2007年まで生産されたモデルだ。


 古!

 15~6年くらい前のヤツって事だよね。


 ちなみに、今のHONDAの中型はCRF250L。

 2012年から現在までのモデル。今の排ガス規制とかもクリアしてるヤツ。


 前モデル、しかも年代モノって事は、この依頼の珍しさを充分物語ってると思う。ラフロード越えなんてルート、普通じゃ選ばないし。念の為に確保された二輪バイク程度のモノ。


 でも空冷単気筒エンジンは整備し易い弄り易いんだよね。中型250ccなのは、やっぱコレくらいの馬力がないと思ったより使い辛いから。


 城北工業は湾岸部にある化学工場。

 今回、新商品開発に、どうしても必要不可欠な部品パーツがあり、それを扱ってるのが新規工場の馬渡部品らしい。

 そことの開発提携の為の契約書と、加工委託費の領収書を届けるのが、今回の依頼。

 電子書類が一般化してる令和の時代においても、公印押印書類や印紙は、まだ必要とされてるんだとか。

 それが届かないと、作業が始められなくて、それだと納期が間に合わないとか云々。


 もっと早く依頼しろよ。

 まぁ、無責任な学生バイトの愚痴なんだけどさ。


「すまんね。よろしく頼むよ」


 渡された書類一式が入ったファイルをザックにいれ、iPadに表示された配送契約書にタッチペンでサインしてもらう。


「本当に午前中で頼むよ」

XRコイツなら猫路かっ飛ばせます。間に合わせますから」

「よろしく。でも無茶はしないでね」


 書類を持って来た城北工業の主任さんと別れ、俺は再びバイクを走らせた。


「さぁ、いくぜ!猫路‼︎」


 未舗装路、バランスとりながら、ジャンプ交えて突っ走る。スクーターPCX中型二輪ホーネットととは違う、バイクを操る楽しさ。オフロード車って、コレがあるんだよねー。


 俺は愉しみつつ、全神経を集中してXRを走らせた。

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