第11話 二夜目・後編
ひとの気配にハッとして、淡雪は記憶の世界から現実へと引き上げられた。
気づけば涼月が室に入ってくるところだった。慌てて頭を下げて迎え入れる。
淡雪に近づくなり、涼月は言った。
「昼にあの者に声をかけたそうだな。呪いのことを聞きたいと」
あの者? と思ったが、あの老女のことだと思い至る。
「はい。千影のことですね、確かに、お願いをしてお話を聞きました」
すると涼月は、なんとも言えない顔つきになった。すぐに普段の感情をうかがわせない表情に戻ったけれど、もしかしたら怒っているのだろうか。
「何を聞いた? 我らの呪いについて」
「あらましを伺いました。十五歳頃から悪夢を見るようになり、どんどん頻繁になっていくこと、悪夢を見るだけでも苦しむこと、寝込むようになること……それから、姉姫さまも呪いのために亡くなったと――心より、お悔やみ申し上げます」
淡雪は、一度見ただけの涼月の苦しみようを思い出す。まだ若かったという皇女さまが、あれほどの苦しみを連日味わった末に亡くなったなど、考えるだけでも胸が苦しくなる。そして同時に、歳の近い姉を亡くした涼月の悲しみも。
「咲夜の……姉のことも、あの者が話したのか」
涼月はやや視線をさまよわせるように宙へ投げかけて、つぶやくようにぽつりと言った。
「あの、聞いてはいけないことだったでしょうか」
「いや。あの者が話したいと判断したなら、構わぬ。――それで、呪いのことを知って何か変わったか」
淡雪は悲しみの世界から、一瞬で現実へと引き戻された。
これが本題だ。呪いのことを知って満足しただけでは、何も変わらない。
「千影から聞いたことで、新たに疑問が出てきました。涼月さま、お訊ねしてもよろしいでしょうか」
「ああ」
「ありがとうございます。白の一族は帝の御一族の呪いを緩和させると聞きましたが、必ず結婚しなければならないのですか?」
「そうだ。十日結婚の儀式を終えなければ、呪いは緩和されぬ」
「でも、その……十日結婚の儀式って、特別なことは何もない、ですよね」
「ああ。寝るだけだな」
「そっ、それでどうして、呪いの症状が出なくなるのですか……?」
「知らぬ。が――白の一族との結婚が成立すれば、呪いが現れなくなると考えるのが妥当だな」
結婚……と淡雪はつぶやく。
「なんだか、すごく変な感じがします。だって、白の御神が呪いをかけるくらい太陽神を嫌っているなら……こんな、わざわざ自分の末裔を太陽神の末裔が結婚することを推奨しているみたいなこと、するなんて」
だが、涼月には別の意見があるようだった。
「――逆ではないか。堕神の目をそむけるために、太陽神の末裔が白の一族を娶るのではないか」
「目を、そむけるとは……?」
「結婚をすれば、相手の家の所属となる。つまり、太陽神の末裔ではあるが白の一族と結婚した時点で身内、白の一族になったに等しいと――そう思わせて、堕神の呪いを免れているのではないか? 昔、姉がそのようなことを言っていた」
「咲夜皇女さまが……」
「姉は歴史のことや神話について詳しかった。いま思えば、そなたのように呪いを解くすべを調べていたのかもしれぬ」
(でも、皇女さまも、間に合わなかった)
その事実を思うだけで、淡雪の胸はひんやりと冷たい風が吹き込んだような錯覚をする。
帝の姫君が調べて、それでも呪いに対してなすすべもなく、亡くなったのだ。
(本当にわたし、呪いを解けるのかな)
考えないようにしていた。そんな弱気な心では、解ける呪いも解けなくなってしまうと、そう自分に言い聞かせて。
それでも、ふとした拍子に不安が一気に押し寄せてきて、淡雪を飲み込んでゆく。
淡雪はただの田舎娘だ。すこしばかり神話や伝承のことを知っていて、学者であった叔父から読み書きを学んでいるけれど、それだけだ。とびきり賢いわけでも、勘が良いわけでもない。
特別なところなど何一つもないただの娘だ。
(どうしよう、怖い、)
大きく淡雪の心が揺らいだ、その時だった。
「――そなた、なんという顔をしている」
ひどく不機嫌そうな涼月の声が、降ってきた。
「え? か、顔ですか?」
「ああ。仮にも私に対して、真実を突き止めると宣言しておきながらその不安げな表情は何だ。不敬であろう」
「えっ、あ、申し訳ありません!」
「そなたが申したのだぞ、協力しないかと。そなたひとりの力でどうにかできるわけがない。――明日、古文書の書庫に手がかりとなる書物がないか調べさせる。皇族以外閲覧禁止のものもあるが、なんとかしよう」
え、とうつむきぎみだった淡雪が顔を上げると、暗がりのなかで満月のように涼月の両目が輝いた。
「まだ八日ある。そなたから言い出したことだ、そなたが先に諦めることは、この涼月が許さぬ」
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