【短編】ピクルス

お茶の間ぽんこ

ピクルス

 バーガーショップのイートインはうるさかった。


「はいこれ」


 ピクルスをタケルのトレーに置く。


「え、なに」


「ピクルス嫌いなの」


「え、あっ。そう」


 タケルはまじまじとピクルスを見る。


「じゃあ『ピクルス抜きで』って注文すればよかったね」


「それだと子どもみたいで恥ずかしいじゃない、分かんないの?」


「え、そっか。ごめん」


 タケルはピクルスを口に含んでハンバーガーを食べた。


「うん。えーと。おいしいかな」


「これが??」


「いや、ハンバーガーと一緒に食べたらね」


「ピクルスなんか邪魔じゃん。酸っぱい感じがきもい」


「その酸っぱいのが良いんじゃないの」


「じゃあタケルはおじさん舌だね。ね、タケおじ」


「う…」


 わたしはタケルの傷ついた反応をみて笑う。


 タケルは黙ってのそのそとハンバーガーを食べる。


 わたしはそんな彼の顔を見つめる。


 ああ、なんて愛おしいんだろう。弱気で健気でいかにも弱者男子って感じだけど、わたしに尽くしてくれる。わたしが言ったお願いは全部聞き入れてくれる。そんな彼が好きだ。


 わたしはタケルの髪を指さして言う。


「タケル、ねぐせのままじゃん。きもいんだけど」


 タケルは指をさされた髪をゆっくりといた。





 タケルが家に帰ってくるのは深夜過ぎだ。ブラック企業に勤めていて忙しいらしい。わたしはタケルの家に住んでいて、話相手もいないから暇なわけで、日中ずっとオンラインゲームに没頭している。ネット友達のヤスヒロとボイスチャットして暇はつぶれる。でも、タケルの帰宅が遅いから寂しさが膨れ上がる。それがわたしのイライラを増幅させる。だから帰ってくるタケルに言う。


「帰ってくるの遅いよ」


「それは、仕事が忙しくて…」


「タケルの要領が悪いだけじゃん。ねえ、なんでそんな無能なの?」


「いやだって、案件の納期が一か月早まってさ」


「言い訳なんて聞いてないの。それだったら転職すればいいじゃない」


「転職って…。そんな簡単にできたら苦労しないよ」


「土日は休みじゃない。そこで頑張りなよ」


 わたしがそう言うと、彼は静かに「そうだね。ごめんね、心配かけて…」と言って、重たそうな動きで荷物を置く。わたしはそのひよわすぎる彼に更に苛立った。





 ある土曜日、わたしは午前十一時頃に起きる。リビングに行くと、とっちらかったリビングでタケルはパソコンを触っていた。休日で彼は時間があるはずなのに、そんなことを気にせずにのうのうとネットサーフィンしている彼に苛立つ。


「ねえ、今日は休みでしょ」


「うん。だから、てん…」


「じゃあ掃除ぐらいしてよね。暇なんでしょ」


「え…。あ、うん。ごめん分かった」


 そう言って彼はだるそうに汚い部屋を掃除し始めた。


 わたしは彼を横目に自室に戻り、オンラインゲームの仲間のヤスヒロとチャットした。




 わたしは再びリビングに戻ったのは大体午後二時ごろだった。リビングに行くと、すっかり綺麗になっていて、彼はまたネットサーフィンに明け暮れていた。暇そうな彼に対して言う。


「今日、どっか行こうよ」


 タケルは指を止める。


「今日か…。ごめん、ちょっと忙しいから来週でも良いかな?」


 わたしはカチンときた。


「わたし達、付き合っているんだよね。じゃあ二人が空いている時間は一緒にいるもんじゃない?」


「…」


 タケルは黙って、その後、「そうだね。じゃあどこに行こうか」と聞いてきた。


「そんなこともわたしが指示しなきゃいけないの? だから要領悪いんじゃない?」


 タケルはボソッと「そうだね、ごめんね」と静かに笑った。





 ヤスヒロは近くに住んでいるらしい。日中暇なわたしはヤスヒロと会うことにした。


 ヤスヒロはタケルと違い、話上手で、かっこよくて、とても頼りになる男性だった。そんなヤスヒロと接してみて、わたしはよりタケルの不満が募った。彼と一緒にカフェで談笑し、ショッピングし、そして居酒屋でビールを飲んだ。


 わたしがポロッと「わたしの彼氏がヤスヒロだったらよかったのに」とこぼした。ヤスヒロは笑って「ごめん、俺彼女いるんだ」と言って「君もタケルくんがいるんだろ? もっと大切にしてあげないといけないよ」とあしらわれた。わたしはタケルの愚痴を言った。ヤスヒロは何も言わずに聞いて、「でもやっぱり何だかんだタケルくんのこと好きなんだよね」と返した。わたしはちょっと考えて、「まあ、ね」と言った。





 ヤスヒロは最寄駅までわたしを見届けてくれた。わたしは酔った勢いで彼にもたれかかった。彼は驚いていたが、慣れた様子で私の背中を優しくなでた。


 ふと横目で駅から出ていく人たちを見る。


 そこには疲弊しきった顔のタケルがいた。





 タケルがわたしのもとからいなくなってから、わたしは一人で生きていくためにコンビニでバイトを始めた。


 バイトなんて、あんまりやってこなかったから、店長に怒られることが多かった。


「ねえ、何回言えば分かるの? レジ打ちすらできない人なんて雇えないよ」


 わたしは自分のできなさを必死に謝った。店長は呆れたように「今まで何もしたことがなかったんだね」と捨て台詞を言って、奥の部屋に戻った。わたしは何も言い返すことができなかった。


 バイトが終わって、バーガーショップに寄る。ここはタケルと一緒に通った思い出の場所だ。わたしと違い、店員は慣れた口調で淡々とわたしの注文を聞き、注文の品を提供してくれた。


 わたしはイートインに行き、ハンバーガーを口にしようとするけど、ハンバーガーにはわたしの嫌いなピクルスが入っていた。


 わたしはピクルスをよけようとした。


 だけれど、このピクルスを食べてくれる彼はもういない。


 ピクルスを捨ててもよかったけれど、なんとなく、ピクルスが入ったハンバーガーを食べてみる。


 ピクルス入りのハンバーガーは酸っぱくて、まずかった。


 そして思う。もう、わたしのわがままを聞いてくれたタケルはいないのだ。


 そう思うと、自然と目から涙がこぼれ落ちた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る