【短編】ピクルス
お茶の間ぽんこ
ピクルス
バーガーショップのイートインはうるさかった。
「はいこれ」
ピクルスをタケルのトレーに置く。
「え、なに」
「ピクルス嫌いなの」
「え、あっ。そう」
タケルはまじまじとピクルスを見る。
「じゃあ『ピクルス抜きで』って注文すればよかったね」
「それだと子どもみたいで恥ずかしいじゃない、分かんないの?」
「え、そっか。ごめん」
タケルはピクルスを口に含んでハンバーガーを食べた。
「うん。えーと。おいしいかな」
「これが??」
「いや、ハンバーガーと一緒に食べたらね」
「ピクルスなんか邪魔じゃん。酸っぱい感じがきもい」
「その酸っぱいのが良いんじゃないの」
「じゃあタケルはおじさん舌だね。ね、タケおじ」
「う…」
わたしはタケルの傷ついた反応をみて笑う。
タケルは黙ってのそのそとハンバーガーを食べる。
わたしはそんな彼の顔を見つめる。
ああ、なんて愛おしいんだろう。弱気で健気でいかにも弱者男子って感じだけど、わたしに尽くしてくれる。わたしが言ったお願いは全部聞き入れてくれる。そんな彼が好きだ。
わたしはタケルの髪を指さして言う。
「タケル、ねぐせのままじゃん。きもいんだけど」
タケルは指をさされた髪をゆっくりといた。
◇
タケルが家に帰ってくるのは深夜過ぎだ。ブラック企業に勤めていて忙しいらしい。わたしはタケルの家に住んでいて、話相手もいないから暇なわけで、日中ずっとオンラインゲームに没頭している。ネット友達のヤスヒロとボイスチャットして暇はつぶれる。でも、タケルの帰宅が遅いから寂しさが膨れ上がる。それがわたしのイライラを増幅させる。だから帰ってくるタケルに言う。
「帰ってくるの遅いよ」
「それは、仕事が忙しくて…」
「タケルの要領が悪いだけじゃん。ねえ、なんでそんな無能なの?」
「いやだって、案件の納期が一か月早まってさ」
「言い訳なんて聞いてないの。それだったら転職すればいいじゃない」
「転職って…。そんな簡単にできたら苦労しないよ」
「土日は休みじゃない。そこで頑張りなよ」
わたしがそう言うと、彼は静かに「そうだね。ごめんね、心配かけて…」と言って、重たそうな動きで荷物を置く。わたしはそのひよわすぎる彼に更に苛立った。
◇
ある土曜日、わたしは午前十一時頃に起きる。リビングに行くと、とっちらかったリビングでタケルはパソコンを触っていた。休日で彼は時間があるはずなのに、そんなことを気にせずにのうのうとネットサーフィンしている彼に苛立つ。
「ねえ、今日は休みでしょ」
「うん。だから、てん…」
「じゃあ掃除ぐらいしてよね。暇なんでしょ」
「え…。あ、うん。ごめん分かった」
そう言って彼はだるそうに汚い部屋を掃除し始めた。
わたしは彼を横目に自室に戻り、オンラインゲームの仲間のヤスヒロとチャットした。
◇
わたしは再びリビングに戻ったのは大体午後二時ごろだった。リビングに行くと、すっかり綺麗になっていて、彼はまたネットサーフィンに明け暮れていた。暇そうな彼に対して言う。
「今日、どっか行こうよ」
タケルは指を止める。
「今日か…。ごめん、ちょっと忙しいから来週でも良いかな?」
わたしはカチンときた。
「わたし達、付き合っているんだよね。じゃあ二人が空いている時間は一緒にいるもんじゃない?」
「…」
タケルは黙って、その後、「そうだね。じゃあどこに行こうか」と聞いてきた。
「そんなこともわたしが指示しなきゃいけないの? だから要領悪いんじゃない?」
タケルはボソッと「そうだね、ごめんね」と静かに笑った。
◇
ヤスヒロは近くに住んでいるらしい。日中暇なわたしはヤスヒロと会うことにした。
ヤスヒロはタケルと違い、話上手で、かっこよくて、とても頼りになる男性だった。そんなヤスヒロと接してみて、わたしはよりタケルの不満が募った。彼と一緒にカフェで談笑し、ショッピングし、そして居酒屋でビールを飲んだ。
わたしがポロッと「わたしの彼氏がヤスヒロだったらよかったのに」とこぼした。ヤスヒロは笑って「ごめん、俺彼女いるんだ」と言って「君もタケルくんがいるんだろ? もっと大切にしてあげないといけないよ」とあしらわれた。わたしはタケルの愚痴を言った。ヤスヒロは何も言わずに聞いて、「でもやっぱり何だかんだタケルくんのこと好きなんだよね」と返した。わたしはちょっと考えて、「まあ、ね」と言った。
◇
ヤスヒロは最寄駅までわたしを見届けてくれた。わたしは酔った勢いで彼にもたれかかった。彼は驚いていたが、慣れた様子で私の背中を優しくなでた。
ふと横目で駅から出ていく人たちを見る。
そこには疲弊しきった顔のタケルがいた。
◇
タケルがわたしのもとからいなくなってから、わたしは一人で生きていくためにコンビニでバイトを始めた。
バイトなんて、あんまりやってこなかったから、店長に怒られることが多かった。
「ねえ、何回言えば分かるの? レジ打ちすらできない人なんて雇えないよ」
わたしは自分のできなさを必死に謝った。店長は呆れたように「今まで何もしたことがなかったんだね」と捨て台詞を言って、奥の部屋に戻った。わたしは何も言い返すことができなかった。
バイトが終わって、バーガーショップに寄る。ここはタケルと一緒に通った思い出の場所だ。わたしと違い、店員は慣れた口調で淡々とわたしの注文を聞き、注文の品を提供してくれた。
わたしはイートインに行き、ハンバーガーを口にしようとするけど、ハンバーガーにはわたしの嫌いなピクルスが入っていた。
わたしはピクルスをよけようとした。
だけれど、このピクルスを食べてくれる彼はもういない。
ピクルスを捨ててもよかったけれど、なんとなく、ピクルスが入ったハンバーガーを食べてみる。
ピクルス入りのハンバーガーは酸っぱくて、まずかった。
そして思う。もう、わたしのわがままを聞いてくれたタケルはいないのだ。
そう思うと、自然と目から涙がこぼれ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます