第11話:初めてのデート、静かな嫉妬

陽菜と月見の関係が、「秘密の共有者」として深まっていくにつれて、二人の間には特別な空気が流れるようになった。放課後の教室や図書室での密やかな時間は、陽菜にとってかけがえのないものとなっていた。月見もまた、陽菜の存在が、自分の世界を鮮やかに彩る光であることを日々実感していた。二人の心は、まるで磁石のように、強く引きつけ合っていた。


ある週末、陽菜は、思い切って月見を初めてのデートに誘った。


「ねえ、月見さん! 今度の日曜日、もしよかったら、一緒に街に行かない? 新しいカフェができたみたいで、すごく可愛いんだよ!」


陽菜の言葉に、月見の瞳はわずかに見開かれた。その表情には、驚きと、そして微かな喜びが浮かんでいた。月見にとって、誰かと二人きりで出かけること自体が、初めての経験だったのだ。


「……デート、ですか」


月見が、陽菜の言葉を繰り返すように小さく呟いた。その声は、どこか戸惑いを含んでいたが、拒絶の色はなかった。


「うん! デートだよ! 二人きりで、いろんなところ見て回って、美味しいもの食べて、たくさんおしゃべりするの! どうかな?」


陽菜は、月見の表情を伺いながら、少しだけ声を弾ませて言った。月見は、しばらくの間、じっと陽菜の顔を見つめていた。その瞳の奥で、様々な感情が交錯しているのが、陽菜には見て取れた。月見の心の中で、「未知の経験」に対する好奇心と、わずかな不安がせめぎ合っていた。しかし、陽菜の真っ直ぐな笑顔が、その不安を静かに溶かしていく。


「……はい。行きたい、です。陽菜さんと」


月見の返事に、陽菜の顔はパッと明るくなった。胸の中で、喜びの感情が大きく広がる。


そして迎えた日曜日。陽菜は、いつもより少しだけおしゃれをして、待ち合わせ場所へと向かった。遠くから、月見の姿が見えた。普段の制服姿とは違い、月見はシンプルな白いブラウスに、柔らかな色合いのスカートを穿いていた。その姿は、陽菜の目には、普段よりもずっと幼く、そして愛らしく映った。月見もまた、陽菜の服装を見て、微かに頬を染めた。


「月見さん! 可愛いね! 似合ってるよ!」


陽菜が駆け寄ってそう言うと、月見は恥ずかしそうに目を伏せた。


「……ありがとうございます。陽菜さんも、素敵、です」


月見のはにかんだ笑顔に、陽菜の胸はキュンと締め付けられた。


二人は手をつないで街を歩き始めた。陽菜は、月見の細く、少し冷たい指先が、自分の温かい掌に触れている感触を、大切に噛みしめた。月見もまた、陽菜の温もりを感じながら、まるで夢の中にいるような心地よさを覚えていた。街の喧騒、人々の話し声、車の音。それら全てが、二人の間の特別な空気を際立たせているようだった。


陽菜は、通り過ぎるお店や、ショーウィンドウに飾られた洋服について、月見に話しかけた。月見は、陽菜の言葉に、時折頷いたり、目を輝かせたりして、素直な反応を見せる。陽菜は、月見のそんな純粋な姿が、とても愛おしく感じられた。


新しいカフェに着くと、二人は窓際の席に座った。可愛らしい内装に、陽菜のテンションが上がる。月見は、陽菜が注文したカラフルなパフェを、珍しそうにじっと見つめていた。


「これ、すごく美味しいよ! 月見さんも一口食べてみる?」


陽菜がスプーンを差し出すと、月見は一瞬戸惑ったようだったが、小さく頷き、陽菜が差し出したスプーンのパフェを口にした。その表情が、ふわりと緩む。


「……甘い。でも、美味しいです」


月見の嬉しそうな顔に、陽菜は心底幸せな気持ちになった。この瞬間が、ずっと続けばいいのに。陽菜は、そう願った。


カフェでの会話は、これまでよりもさらに深く、個人的なものへと進んでいった。将来の夢、高校生活の思い出、そして、幼い頃の記憶。陽菜は、何気なく昔の友達の話をした。


「私、小さい頃から、ずっと同じ友達と遊んでたんだ。小学校も中学校も一緒で、なんでも話せる親友がいてさ。もちろん、今でも連絡取ってるんだけどね」


その時、月見の表情が一瞬だけ無言のまま硬くなるのを、陽菜は見逃さなかった。月見の瞳の奥に、微かな翳りがよぎったように見えた。それは、陽菜の知る月見の表情とは、明らかに異なるものだった。陽菜の心に、かすかな違和感が生まれる。


(あれ……月見さん、どうしたんだろう?)


陽菜は、すぐに月見の異変に気づいた。月見の視線は、陽菜の顔から、テーブルの上に置かれたパフェへと移り、そのまま一点を見つめていた。その口元は、普段よりもぎゅっと引き結ばれているように見えた。月見の心には、陽菜の「昔の友達」という言葉が、まるで小さな棘のように突き刺さっていた。月見の感情の中には、陽菜への独占欲という、これまで経験したことのない「未知の感情」が、うごめき始めていたのだ。その感情は、月見の心の奥底に、微かなざわめきを生み出していた。それは、「嫉妬」という、月見にとって初めての感覚だった。


陽菜はその変化に気づきつつも、月見が何も言わないため、そのままデートは続く。月見の頬は、先ほどとは違う意味で少しだけ熱くなっているのが、陽見から見ても分かった。月見は、自分の中に生まれたこの説明のつかない感情に、戸惑いを隠せないでいた。しかし、陽菜は、月見の不器用さを、愛おしく思うばかりだった。月見が何も言えないのは、きっと、月見なりの優しさや照れなのだろうと、陽菜は解釈した。陽菜の心には、月見の全てを受け入れたいという、深い愛情が満ちていた。


カフェを出て、二人はウィンドウショッピングを楽しんだ。月見は、陽菜が興味を示すものに、静かに耳を傾け、時折、小さな感想を口にする。その小さな会話の積み重ねが、二人の絆をさらに深く確かなものにしていく。陽菜は、月見の隣にいることで、世界がより一層、色鮮やかに見えるような気がした。


陽菜は、月見の手のひらを優しく握り返した。月見は、陽菜のその温もりに、静かな安堵を覚える。月見の心の中で、「嫉妬」という感情は、まだ小さな蕾だったが、陽菜の温かさに触れることで、ゆっくりと膨らみ始めていることを、月見自身が微かに感じ取っていた。この日は、二人の関係において、新しい感情が芽生えた、特別な一日となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る