第10話:秘密の共有、深まる絆

月見との心が通じ合ったあの雨上がりの日以来、陽菜の日常はまるで色鮮やかな絵の具で描かれたように、輝きに満ちていた。空の色はより鮮やかに、風の音はより心地よく、何を見ても、何を感じても、月見の存在がそこにあるように思えた。月見もまた、陽菜の隣にいることで、これまでの静かで秩序だった世界が、温かい光と予測不能な輝きに満たされていくのを感じていた。二人は、学校生活の中で、人目を避けながらも、確かな絆を育んでいった。教室の片隅、昼休みの屋上、放課後の図書室。それらの場所が、二人だけの特別な聖域へと変わっていった。


放課後の教室は、二人の秘密の場所となった。生徒たちが部活動や習い事へと向かい、教室から賑やかな声が消え、西日が長く伸びる頃。窓の外には、茜色の空が広がり、校庭には部活動の生徒たちの声が遠くに聞こえる。陽菜は、さりげなく月見に声をかける。


「月見さん、今日の数学の課題、ここがちょっと難しくてさ……一緒に見てもらってもいいかな?」


もちろん、課題はほとんど理解できていた。それは、月見と二人きりになるための、陽菜なりのささやかな口実だった。陽菜の頬は、微かに熱を帯びている。月見は、陽菜の意図を察しているのかいないのか、いつもと変わらぬ静かな表情で頷く。


「……ええ。いいですよ。陽菜さんが困っているのなら」


月見の言葉に、陽菜の心は温かさで満たされた。月見が自分を気遣ってくれている。その事実だけで、陽菜の胸は高鳴った。二人は、誰にも気づかれないように、そっと机を合わせる。教科書を開けば、自然と肩が触れ合うくらいの距離になる。その密かな近さに、陽菜の胸は高鳴った。月見もまた、陽菜の温かい体温を感じ、心がじんわりと温かくなるのを感じていた。月見の心には、陽菜という「温かい光」が、確かな輪郭を持ち始めているのを感じていた。


最初は数学の課題について話しているだけだった会話は、いつの間にか、他愛のないおしゃべりへと変わっていく。陽菜は、月見の好きなもの、普段考えていること、そして、これまで誰にも話したことのない過去の出来事について、優しく問いかけた。月見は、最初は戸惑うようだったが、陽菜の真っ直ぐな瞳と優しい声に、少しずつ心を開いていった。月見の心の中で、陽菜の言葉は、まるで鍵のように、閉ざされていた記憶の扉を開いていく。


「……私、小さい頃から、あまり人と話すのが得意じゃなくて。だから、友達も少なかったんです。本を読むのが好きで、いつも一人で図書室にいました」


月見が、かすかな声でそう語った時、陽菜は、月見の秘められた孤独に触れたような気がした。陽菜の胸に、月見を守りたいという、強い感情が湧き上がった。その孤独を知ったからこそ、陽菜は月見の隣に、ずっといたいと強く願った。


「そっか……でも、私と月見さんは、こうして話せてるもんね! 私、月見さんと話すの、すごく楽しいよ! それに、月見さんは本のこと、なんでも知ってるから、すごいなって思う!」


陽菜は、月見の手をそっと握った。月見の指先が、陽菜の温もりに触れて、微かに震えた。月見の心には、陽菜の温かい肯定が、まるで希望の光のように差し込んできた。それは、月見がずっと探し求めていた「居場所」のような感覚だった。月見の胸の中で、これまで固く閉ざされていた感情の扉が、陽菜の温かい手に触れることで、ゆっくりと開かれていく。月見は、陽菜の言葉一つ一つが、自分の心を温かく包み込んでくれるのを感じていた。


屋上も、二人の秘密の場所だった。昼休み、他の生徒たちが騒がしく昼食をとる中、二人は屋上の隅っこで、空を眺めながらお弁当を食べた。風が二人の間を吹き抜け、陽菜の髪がふわりと舞う。陽菜は、空に浮かぶ雲の形を見て、「あれ、ゾウさんに見えない!?」とはしゃぎ、月見は陽菜の隣で、微かに微笑む。その微笑みは、陽菜に向けられた、月見からの特別な感情のサインだった。


「陽菜さんといると、毎日が……少し、違って見えます。これまで気づかなかった、小さなことに、気づけるようになりました。空の色も、風の匂いも……」


月見が、ポツリと呟いた。その言葉に、陽菜は胸がいっぱいになった。陽菜の存在が、月見の世界に新しい色彩を与えていることを知り、陽菜の心は温かい喜びで満たされた。陽菜の心の中には、月見への深い愛情と、彼女の変化を見守る喜びが、確かな実を結び始めていた。それは、まるで、陽菜が月見の「特別な庭師」になったかのような、そんな幸福感だった。


ある日の図書室。いつもの奥の席で、二人は隣り合わせに座り、それぞれ好きな本を読んでいた。しかし、二人の意識は、常に相手の方へと向いている。陽菜がふと顔を上げると、月見も同じように陽菜の方を見ていた。二人の視線が絡み合い、優しい微笑みを交わす。言葉はなくても、互いの心が通じ合っていることを、陽菜も月見も感じていた。二人の間には、静かで、しかし確かな愛情が流れていた。


月見の心には、陽菜の存在が、まるで太陽のように、自分の世界を照らし、温めてくれることを実感していた。陽菜と出会う前の月見の世界は、静かで穏やかではあったが、どこか色褪せていた。感情の起伏も乏しく、ただ時間が過ぎていく。しかし、陽菜が隣にいることで、世界は鮮やかさを取り戻し、月見の感情も豊かに育まれていく。月見は、陽菜の存在が、自分にとって「生きる喜び」そのものになりつつあることを、確信し始めていた。


陽菜もまた、月見との絆が、自分にとってかけがえのないものになっていることを感じていた。月見の繊細な心に触れるたびに、陽菜の愛情は深まり、守りたいという思いが募る。二人の世界は、より一層色濃く、特別なものになっていく。互いの過去や夢を語り合い、未来への小さな約束を交わす。陽菜は、月見の全てを受け入れたいと強く願っていた。それは、誰も立ち入ることのできない、二人だけの聖域だった。夕暮れの教室、屋上の風、図書室の静寂。全ての瞬間に、二人の温かい絆が刻まれていく。

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