浮気したって!「ばれなきゃ平気!(ポジション入れ替え版)」
志乃原七海
第1話# 小説「ばれなきゃ平気!」第一話
最高のプレゼント
「ねえ、拓也。私の誕生日、もうすぐだよね?」
目の前で、恋人のしおりが無邪気に笑う。細い指がストローをくるくると弄び、グラスの中の氷がからんと涼しげな音を立てた。カフェの窓から差し込む西日が、彼女の艶やかな髪をキラキラと照らしている。どこからどう見ても、幸せなカップルの、ありふれた午後の一コマだ。…偽善者の顔。見ているだけで、虫唾が走る。
「もちろん、覚えてるよ。何か欲しいものでもある?」
俺は平静を装って、微笑み返した。だが、胃の腑には熱した鉛でも流し込まれたような、重く、どす黒い塊が沈んでいる。その笑顔も、甘えた声も、すべてが吐き気を催すほど、嘘で塗り固められていると、俺は知っている。…暴いてやる。
きっかけは、ほんの些細な違和感の積み重ねだった。一ヶ月ほど前から、しおりはスマホを片時も手放さなくなった。画面を必ず伏せて置き、俺が隣にいる時に通知が来ると、心臓が跳ねたように慌ててポケットにしまい込む。共有カレンダーには、俺には詳細が見えない「プライベート」な予定が、週に二度、同じ曜日の同じ時間にブロックされるようになった。…愚弄しているのか。
怪しいなんてレベルじゃない。これは、完成された悪意のパズルだ。そして、最後のピースが嵌ったのは、一週間前の夜。…あの夜、俺の心は、完全に壊れた。
眠ったふりをしていた俺の耳に、リビングから漏れ聞こえてきた、ひそひそと潜められた電話の声。
『うん……だから大丈夫だって(笑)……わかるわけない……ああ見えて鈍いし。…え? プレゼント? もちろん……ふふ、罪滅ぼし、かな』
途切れ途切れの単語が、受話器の向こうの誰かに媚びるような甘い声のせいで、より醜悪な刃となって、俺の魂を切り刻んだ。…鮮明に、焼き付いている。
鈍い?
罪滅ぼし?
ふざけるな。
昔からそうだ。丁寧に積み上げた積み木を、横から無造作に崩されるのが何より許せなかった。しおりは、俺たちが積み上げてきた時間を、愛も、信頼も、未来も、すべてを汚し、破壊し、嘲笑ったんだ。…必ず、報いを受けさせる。
怒りの沸点を超えると、人間は不思議と冷静になるらしい。頭の回路が焼き切れたように感情だけが抜け落ち、代わりに驚くほど精密で、冷酷な復讐の計画が、自動的に生成されていくのを感じた。…まるで、悪魔の囁きのように。
「うーん、欲しいものかあ…」
しおりはわざとらしく首を傾げる。その演技じみた仕草のひとつひとつが、今はもう、俺の計画を完璧に実行するための、燃料にしかならない。…哀れだな。
「拓也が選んでくれたものなら、なんでも嬉しいな。サプライズ、期待してるね?」
「…ああ。任せとけよ」
俺は笑った。心の底から、黒い笑みが込み上げてきた。ああ、本当に最高のプレゼントを用意してやる。お前が生きている限り、決して逃れることのできない、絶望という名のプレゼントをな。…破滅させてやる。
「最高のプレゼント、用意するから」
「楽しみ!」
そう言って満面の笑みを浮かべるしおりの顔を、俺は目に焼き付けた。その無邪気な笑顔が、苦痛と絶望に歪む瞬間を想像するだけで、全身の血が沸騰するのを感じた。…待ち望んでいる。
その日の夜、俺は自室で一人、ノートパソコンに向かっていた。検索窓に打ち込むのは、甘い香りの香水でも、輝くアクセサリーのブランド名でもない。もっと現実的な、もっと具体的な、もっと直接的な言葉だ。浮気、証拠、慰謝料、弁護士、探偵、そして……。
部屋の隅には、ネット通販で取り寄せたネイビーの包装紙と、上品なシルバーのリボンが置いてある。箱も用意した。ずっしりと重みのある、頑丈な箱を。…中身は、お前に相応しい、最高の絶望を詰め込んでやる。
俺は静かにキーボードを叩きながら、口ずさむ。
「ハッピーバースデー、ディア、しおり」
大丈夫。わかるわけないさ。
お前が俺にしてくれたことの、何千倍も、何万倍もにして、お前に返してやる。…せいぜい、恐怖に震えながら、その日を待つがいい。
俺はディスプレイの光に照らされた自分の顔が、人間であることを放棄した、冷酷な怪物のように歪んでいることに、何の躊躇も感じなかった。…当然の結果だ。
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