正しくない鬼への成り果て方

八方鈴斗(Rinto)

プロローグ

あの日、あの時、あの瞬間 ①

 私たちは、何もかも間違えていた。


 校舎の三階北の奥手、一番人気の少ない女子トイレ。

 手洗い場に備え付けられた小さな鏡を共有しながら、身だしなみを整える。


「あたし、初等部の頃――いじめられてた、でしょ?」


 れいちゃんは、私の耳元でそう囁く。

 絹のようなさらさらの黒髪が、私の頬をくすぐる。

 その綺麗な髪を見て、私は初めて艷やかという言葉を知ったことを思い出す。


「そうだっけ?」

「あの時も、夏希が助けてくれたよね」

「……そんな前のこと、覚えてないや」


 嘘だった。

 

 彼女に関することを、忘れるわけがないじゃないか。


「あれさ。本当に嬉しかったんだ。人生が変わっちゃうくらい」

「何それ。おおげさだなあ」

「ううん、本当なの。あたし、夏希のおかげで、はじめて息をしててもいいんだって思えたの。だから、夏希はね、あたしの救世主」


 馬鹿な子だな、と思う。

 私はそんなに、綺麗な人間じゃないのに。

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