第7話 スキルと訓練
目を覚ますと、昨晩の疲れもどこへやら、体が軽く感じられた。さっそく身支度を整えながら花音と今日の予定を確認する。
(よし、今日はまずギルドへ行って、正式なギルドカードを受け取ろう。それから鑑定もしてもらおう)
『うん、お兄ちゃん。自分のことを、ちゃんと知るのは大事だよ』
俺たちは朝の光に照らされる町を歩き、冒険者ギルドへと向かった。その道中の通りには市場の人々の活気が溢れ、焼き肉の香ばしい香りが漂っていた。ひんやりとした空気が背筋がしゃんとさせ、まだ眠気のある頭も少しずつさえていく。
ギルドの扉をくぐると、受付のリーナさんがにこやかに迎えてくれた。
「おはようございます、白瀬さん。本日はどのようなご用件でしょうか」
「鑑定をしようと思いまして」
「なるほど、それではご案内いたします」
俺はリーナさんに連れられ、鑑定室へ入った。床には様々な魔法陣が描かれ、棚には水晶玉や不思議な器具が整然と並んでいる。壁には美しい女騎士が何らかの獣と戦う絵などが掛けられていた。空気には、ほのかに甘い香りが漂い、独特の緊張感で体が少しこわばった。
鑑定士の男は、落ち着いた声で言う。
「ではさっそく、ステータスを測定しよう。HP、MP、筋力、敏捷、運、耐久力……これらは君の基礎能力の指標になる。そしてスキルは、君の大きな力になる」
俺は指示に従い、力を込めたり体を動かしたりする。数分後、鑑定士は慎重に結果のボードを差し出した。
名前 白瀬 慧 人族 男
レベル 5
職業 なし
HP 45
MP 130
筋力 38
耐久力 42
敏捷 35
運 30
スキルポイント 8
スキル
【繝翫ン繧イ繝シ繧ソ繝シ】 Lv.?
【刀術】 Lv.4
「筋力は標準よりやや高く、敏捷も良好だ。運は平均的、耐久力も申し分ない。HPとMPも十分だな」
数字を前にして、俺は少し興奮した。
(なるほど……自分の強さが数字でわかるってのは面白いな)
「あの、このスキルポイントっていうのはどのようなものですか?」
鑑定士はうなずきながら答えた。
「SPとは、スキルポイントの略です。そして、冒険者が数多の経験と修練を積み重ねた証でもございます。これにより、新たな技術や能力を身につけることが可能となり、既存のスキルをさらに磨き上げることができるのです。
SPは、討伐や探索、訓練の成果として蓄積され、これを有効に振り分けることで、己の戦闘力を飛躍的に高めることが叶います。しかし、SPは有限であり、一度振り分けたものを簡単に再配分することはできませんゆえ、慎重なる選択が肝要と心得てください」
そして少し渋い表情で続けた
「……なお、あなたのステータスの中に、何やら不明瞭な領域がございますな。まるで靄に包まれたように、私の鑑定眼をもってしても詳細が読み取れぬ“スキル枠”があります。恐らくは、特殊な契約や希少な能力によるものと推察いたしますが……私では断定できません。」
鑑定士が渋い顔でそう言い終えると、俺は思わず眉をひそめた。
(……靄に包まれたスキル枠? まさか……ナビゲーターのスキルのことか?)
リーナさんも微笑みながら言葉を添えてくれる。
「スキルの習得や成長は、訓練や実践、知識の積み重ねによって 身につきます。ゆっくり焦らず進めてくださいね」
(よし、花音。これからしっかり訓練して強くなろう)
『うん、お兄ちゃん。私も一緒に頑張るからね』
二人の声が心の中で響き合い、ギルドの扉を後にした。
ギルドを出て、裏庭にむかった。地面は固く踏みしめられ、砂利と土が混ざった足元は少し滑りやすい。周囲には訓練用の木人や丸太、重りのついた袋など整然と並んでいる。すでに冒険者と思われる人々が汗を流し、剣を振るう音や魔法の詠唱が飛び交っていた。そんな声を横目に、俺も負けじと、自分の身体を鍛えるべく動き始めた。
まずは肉体訓練だ。腕立て伏せ、腹筋、素振り。普段から運動をすることを怠っていた慧にとって、どれも重労働だった。自分の力を底上げするには避けて通れない。汗が滲み、腕が震えても、彼は歯を食いしばって続けた。その後、腕が鉛のように重くなり、足が棒のようになって、胸が張り裂けそうな感覚すらあったが、俺はあきらめずに続けた。
花音が声をかける。
『お兄ちゃん、少し休憩しながら、今度は魔力を感じ取る練習もしよ』
俺は眉をひそめる。
「魔力を感じるって……どうやればいいんだ?」
花音は少し考えてから語り掛けた。
『体の中に流れている何かを意識して。血の流れに似てるけど、もっと温かい光みたいな感じ。胸の奥にあるはずだから』
俺は言われるまま目を閉じ、胸の奥に意識を集中させ、深呼吸する。最初はまったく何も感じられず、ただ心臓の音だけ響いていたが。何度も呼吸を整え、心を静める。微かに胸の奥が暖かくなるような感覚があり、それを掴もうと思ったがすぐに疑問が浮かんでしまい、見失ってしまった。そして、疑問を花音にぶつけた。
「……なあ、花音。そういえば、どうしてそんなことを知ってるんだ? 普通なら分かることじゃないだろ」
花音は少し黙り、やがて小さく答える。
『えっと……私のスキル“ナビゲーター”がね、図書館みたいに情報を持ってるの。必要なことを“検索”して引き出してるんだよ』
「図書館……?」
慧は目を開ける。
「そんな便利なもんが……」
『でも、万能じゃないよ。探すのに時間がかかることもあるし、スキルのレベルが低いと出てこない情報もあるの。だから全部をサポートできるわけじゃない』
俺は息を吐き、納得する。
「なるほどな……だから、そんなことも知っていたのか」
『そういうこと。だからお兄ちゃんも魔力の感覚を掴む練習をして、私はスキルを磨いて……一緒に強くなろ!』
小さく笑い、俺は再び目を閉じた。胸の奥にある“何か”を、今度こそ掴もうと意識を研ぎ澄ませる。光のように温かい感覚が、わずかに手のひらまで広がった瞬間、小さな歓喜が芽生えた。
花音は目を輝かせながら声をかける。
『ねえ、じゃあ生活魔法も練習してみようよ!』
俺は目を開けて少し首をかしげていう。
「生活魔法……って、そもそも魔法ってなんだ? 俺、まだよくわかってないんだけど」
花音は少し考えてから答える。
『魔法っていうのは、魔力を意識的に操って、目に見えない力を形にすること……かな。生活魔法は、日常で便利に使える簡単な魔法のことだよ。水を少しだけ沸かしたり、火を小さく灯したり、物をちょっと動かすくらいのね。
で、生活魔法っていうのはね、いわば“属性魔法の劣化版”みたいなものなんだ。火や水、風や土……本来の属性魔法は、大きさや形を自在に変えたり、攻撃に使えるくらい強力に発動できるの。でも生活魔法はそこまで自由度が高くない。せいぜいロウソクに火を点けるとか、少量の水を清めるとか、そんな程度』
「へぇ……じゃあ戦いにはあまり向かないのか?」
『うん、戦闘で使うにはほとんど役に立たないかな。だけど、日常生活ではすごく便利なんだよ。着火魔法ひとつとっても、火打ち石を使わずに料理や暖炉に火を点けられるし、水を清める魔法は飲み水を安全にしてくれる。だから一般市民にとってはすごく重宝されてるんだ』
俺は感心した。確かに戦場で役立たないとしても、普段の暮らしの中で使えれば、それだけで生活の質が大きく変わるだろう。
『それに生活魔法は魔力消費がとても少ないし、発動方法も単純。冒険者じゃなくても、少し練習すれば誰でも扱えるんだよ』
「へぇ、だから“生活”魔法か」
『そうそう。兄さんみたいに魔力の扱いに慣れる練習としても最適なんだ』
「へぇ……なるほど。つまり、戦うためじゃなくて、生活の役に立つ魔法ってことか」
花音はうなずいた。
『そう。魔力の扱いに慣れる練習にもなるし、何より魔法っていうものを感覚でつかむのにぴったりなんだ』
その後、俺は様々な生活魔法の練習と肉体訓練を交互にした。水を少しだけ沸かす、火を小さく灯す、物を軽く動かす──現代日本にはない概念に戸惑いながらも、一つひとつの動作を慎重に試みた。魔力の流れを意識し、呼吸と集中を合わせる。最初はうまくいかず、水は飛び散り、火は消えてしまう。だが、花音の助言に従い、何度も試すうちに、少しずつ魔力が手足の先まで行き渡る感覚をつかめるようになった。
訓練を終えた頃、体は疲労で重く、筋肉は張りつめ、呼吸は荒い。だが、その疲労の奥には満足感があった。
『兄さん、今日もよく頑張ったね』
「おう、明日はこりゃ筋肉痛だな!」
汗で髪が額に張り付く。慧は手でぬぐいながら、訓練場に並ぶ木人や魔法陣を見渡す。まだまだ先は長い――だが、今日つかんだ小さな手応えが、彼の胸を熱くした。
『うん、明日ももっと強くなろうね、お兄ちゃん』
「そうだな、絶対に強くなる。花音と一緒にな」
俺たちは心の中で肩を並べ、ゆっくりとギルドの裏庭を後にした。太陽の光はまだ高く昇りきっていないが、心の中には確かな光が差し込んでいた。
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