第3話 継承試練3

次に動いたのは、久遠澪だった。

小さく息を吸い、胸元で手を重ねる。

微かな風が衣を撫で、その揺らぎは術式の縁にそっと触れていた。

(震えてる。きっと、私の心が)

けれど澪は、顔を上げた。

迷いも不安も、すべてを受け止め、言葉へと変えるために。

「怖いのは、傷つけることじゃない──」

「怖いのは、信じたことを、自分で疑ってしまうこと」

「でも──私はやっぱり、信じたい。あの日、風が応えてくれたように」


《青嵐(せいらん)》、展開。


術式が空に浮かび、淡い蒼が澪の全身を包む。

風が律となって形を取り、澪の視線の先を捉えた。


「風涙(ふうるい)!」


まっすぐな風が、緋月さんへと走る。

それは誰かの心に触れようとするような、問いかけの一撃だった。

「……っ」

緋月さんが《陽環》を前に出し、術式で受け止める。

光の輪が震える。だが、砕けはしなかった。


「来るよ、神代くん!」

迷いのない声。その瞳には、どこか嬉しそうな光が灯っていた。

(届いたんだ。久遠さんの“言葉”が)

それは、緋月さんの中に。そして、僕の胸にも確かに灯った。

白鳥さんが跳ねる。

風の流れに身を重ね、軽やかに空へ跳ぶ。

「澪、次、合わせるよ!」

「うん!」

風と光が交錯し、二つの術式が並び立つ。

舞は空中で身をひねり、詠唱を繋げた。

「舞い散るは、白の羽」

「願うのは、心のままに飛べること」

「だから私は、この一歩を恐れない!」


《白翼(はくよく)》、展開。


白銀の光が羽ばたきのように広がり、白鳥さんの身体を包む。

宙を翔けるように旋回しながら、緋月さんを狙う。


「閃羽斬(せんうざん)!」


きらめく光の刃が放たれる。

その迫る閃きに、緋月さんは一歩、静かに前へ出る。

「やるね!、舞さん」

そして、穏やかな声で告げた。

「だから、今度は私が──」

光が跳ね、術式が一瞬で姿を変える。

環が伸び、槍のような輝きを放つ。

「照らせ、《陽の律(ひのりつ)》」

「煌槍閃(こうそうせん)!」

まっすぐな光の槍が、空を切って舞へと向かう。

それは“ぶつける”ためではない──“信じてるよ”と届けるための詠唱だった。

風が渦を描き、光がその軌道をなぞる。

術式と術式が交錯し、一つの呼吸のように世界を揺らす。

“信じたい”

“飛びたい”

“照らしたい”

そのすべてが、この舞台の中心で響き合い僕の胸に、深く刻まれていく。

(伝わってきた)

だからこそ、怖い。

だからこそ、立ち尽くしてしまう。

けれどその中で。

胸の奥に、小さな“声”が静かに、生まれかけていた。


まだ名もない、誰にも届いていない。

けれど、それは確かに僕の中で、生きている。













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Xアカウント @Nagino_YUTO 凪野ユウト





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