静かな犬と、ツンデレ猫。
2N番目の雪だるま
第1話 再開
春の風は少し生ぬるくて、眠気を誘う。
私は、校門の脇にある桜の木の下でぼんやりと立っていた。
眠い。正確には、眠れていない。
昨日も3時間。おとといは2時間半。
不眠症とまでは言いたくないけれど、たぶんもうそんなものなんだと思う。
「……莉緒?」
名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
まさか、と思って振り向いたその先に。
いた。
悠真だった。
昔と同じ、どこか眠たそうな優しい目。声の調子も、変わってない。
——うそでしょ、ほんとに、いた。
「……久しぶり。君も受かってたんだ」
それだけがやっとだった。呼吸を整えるのに必死で、心拍数がバレないように無理に視線を逸らした。
「うん。まあ、ちょうど偏差値が合ってたし」
ああ、我ながら完璧な受け答え。
この学校にした理由を聞かれたら、そう答えようって決めてた。
“あんたが行くって言ったから”なんて、そんなの、言えるわけない。
「そっか。なんか……全然変わってないな、莉緒。眠そうなのも含めて」
「失礼ね。成長してないみたいに言わないで」
「いやいや、いい意味で。懐かしいっていうか」
悠真は、ほんの少し目を細めて笑った。
昔からその笑い方がずるかった。優しくて、何を言っても許してくれそうな顔。
ずるい。ほんとに。
「……この学校、倍率高かったでしょ? びっくりしたよ。莉緒がここ受けてたなんて」
「なんでよ」
「いや、何も聞いてなかったからさ」
「そっちこそ。私、中学のときに言ったじゃん。『第一志望、秘密』って」
「そんなこと言ってたっけ?」
「言ってた。しかも、あんたのせいで」
悠真が小首をかしげた。
「中二の春。LINEで言ったじゃん。“うちの高校、来れば?”って」
「あー……あったかも、それ」
「軽いノリだったけど」
「うん、たぶん冗談だった。でも——」
そのとき、悠真の目が少しだけまっすぐになった。
心の奥を、かすかに突かれた気がした。
「来てくれて、嬉しいよ」
……は?
今、なんて?
「……バカじゃないの?」
口から出たのはそれだった。
感情を整理するより早く、ツッコミみたいに出てきた。
「ごめん」
「謝る意味わかんないし」
視線がふたりの間を泳ぐ。
どうしよう。もっと普通に喋りたかったのに。
でも、久しぶりに会った悠真は、思ってた以上に“昔のまま”で、それがちょっとずるかった。
「入学式、そろそろじゃない?」
悠真が校舎の方を見ながら言った。
「……あんたは行ってくれば? 私はあとでいい」
「いや、一緒に行こうよ。久しぶりなんだし」
「……まあ、せっかくだし。隣くらい、歩いてあげてもいいけど」
「ありがとう。あ、でもさ」
「なによ」
悠真が、私の顔をじっと見て言った。
「君、まだ子どもみたいだね」
「は?」
「拗ねるとこ、変わってないなって」
「……ほんとに、バカなんじゃないの?」
口はそう言っても、頬の熱を止める方法は知らなかった。
春の風が吹いて、桜の花びらがふたりの間に舞った。
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