第44話:二六〇二年の観艦式

 その軍艦は、今でも人々の耳目に対してひどく印象に残っている。当然、その搭載している巨大な、本当に巨大な砲門もそうだが、何よりもこの軍艦が人々の耳目に残っているのは、大和、武蔵と違い、人々の耳目に初めてさらけ出した大和型戦艦であったからだ。

 ……もう、勘の良い方はこの艦艇の名が何か、中てられる方も多いだろう。

 後に、五番艦まで建造される、大和型戦艦の三番艦、後にある県民歌においても最後の最後に凜々しく謳われる、その艦の名は――。


 ……艤装艦長が、ある青年将校と話をしていた。

「しかし、良かったんですか? 一応大和型戦艦は極秘でしょうに……」

 呉や佐世保において、棕櫚じゅろなどすらも使い最高軍機として扱われていたはずの大和型戦艦は、今回の国際観艦式でその軍機であるはずの船体をあらわにすることに決定された。さすがに、いくら合衆国との交戦計画が破棄しても問題ないレベルにまで国際関係が落ち着いたからとはいえ、さすがにそれはあからさまといえるかもしれなかった。

「上の判断によると、合衆国海軍と交戦する必要がなくなった時点で、もう隠す必要がなくなった、ってこったろ。詳しいことは知らんが、大和や武蔵も観艦式に出すらしい」

「へぇ、じゃあ本気で大和型の秘匿を解除するんですかね」

 青年然とした若手の将校は単に大和型が軍機から外れることに対してなんのための偽装工作だったのか、と少々の、彼および海軍将校にしかわからないかもしれないある種の感情を覚えていたが、彼の眼前に居た艤装艦長にとってはまた別の感慨があったのか、艦名の書かれた部分の舷を触り、少々のため息をついた。

 それは、彼の出自も関係していたのだろうが、あるいはそれが艤装艦長着任の最終的な決め手になったのだとしたら、歴史の皮肉というものに何らかの言葉を吐きたくなったのだろう。だが、その声は声帯を震わせずに、息のみが出た、まあ、そんなところだろう。

「らしいな。……にしても……」

「どうしました、艦長」

「俺は、長野県出身だからな。或いは、だからこそ選ばれたのかも知れんが……」

「……ああ、そういうことですか」

「ああ」

 ――大和型戦艦の三番艦、その名は信濃という。信濃は長野県の旧呼称にして、様々な古戦場の残る分国であった。

 読者世界に比べ、少々進水が早いことは気になるかもしれないが、そもそも彼女は43年進水を目標とされており、結果的に戦時下ではなくなったため工廠ドックに余裕が生まれ、ゆえに早回しを行っても問題はないと判断されたのだろう。

 だからこそ、本来の艤装艦長ではない人物が指名された。

 歴史とは、常に玉突き事故の集合体である。ゆえに、一つがずれたら、すべてがずれる。

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