AI文芸部 ― 書けなかった私が物語を始めるまで ― Create by XM3 ―

五平

第1話 文芸部の新しい風

放課後の文芸部室は、いつもと変わらない

穏やかな空気に包まれていた。窓から差し込む

夕日が、使い込まれた机や本棚に並ぶ古びた

文学全集を照らす。埃っぽくて、どこか懐かしい

インクの匂いが漂うこの空間が、星野悠は

大好きだった。だが、今日の彼女の表情は、

いつになく曇りがちだ。目の前のノートに広がる

プロット用紙を睨みつけていたが、何時間も

前から全く進展がない。


主人公の感情が、どうにもしっくりこないのだ。

物語の重要な局面にもかかわらず、彼女が

そこで笑い、そこで悲しむのか、その内的な

必然性が見つけられない。感情の起伏が一本調子で、

読者の心を動かす何かが決定的に足りない。

その何かとは、主人公が抱える微かな葛藤や、

胸の奥底に燻る未消化の感情だと悠自身は

薄々気づいていた。だが、それをどう言葉にすればいいのか、

どう物語の流れに組み込めばいいのか、全く

手掛かりが見つからない。ペンを持つ手が鉛のように

重く、ノートの白い紙面が、彼女の焦燥感を

嘲笑うかのように眩しかった。指の腹で紙の縁を

撫でるたび、微かなざらつきが、悠の心のもどかしさを

増幅させるようだった。


「この子(主人公)の心が、

全然動いてくれないんだ」


悠はノートの中の架空の存在に語りかけるように呟いた。

ノートに視線を落としたまま、悠はふと、

窓の外に耳を傾けた。遠くから聞こえてくる吹奏楽部の

練習音が、ほんの一瞬だけ彼女の気を紛らわせた。

木管楽器の伸びやかな音色が、夕焼け空に溶けていく。

しかし、その音もすぐに遠のき、再び目の前の

白い紙面が彼女を現実へと引き戻した。


はぁ、と深いため息をつくと、隣の席でスマホを

熱心にいじっていた緑川琴音が顔を上げた。

彼女の明るいピンク色のスマホケースが、

夕日にキラキラと反射する。その輝きは、

琴音の天真爛漫な性格そのものだった。


「悠ちゃん、また難しい顔してるよ?

シワ増えちゃうよ!」


おどけた声で琴音が笑う。悠は苦笑しながら答える。


「だってさ、この主人公、

なんでここでこんな行動するのか、

私自身が納得できないんだもん。

感情が動くきっかけが、

どうにも薄くて……」


悠は肩をすくめた。その言葉には、創作への純粋な

情熱と、それが形にならないもどかしさが混じり合っていた。

彼女の眉間には、無意識のうちに深いシワが刻まれていた。


「うーん、わかるー」


琴音は自分のノートを悠に見せる。


「私のキャラもさ、

なんでそこでいきなり叫ぶの?

って自分でも思っちゃうんだよね。

もっとこう、じわじわと感情が

盛り上がる感じにしたいんだけど、

どうすればいいか全然わかんない!」


自分の悩みも重ねて同意した。二人の間には、

創作の難しさを共有する、目に見えない絆があった。

互いの苦悩を知っているからこそ、交わす言葉は

少なかったけど、その分、理解が深かった。


その時、部室のドアが静かに開き、月見里咲部長が

姿を見せた。彼女はいつも通り、どこか神秘的な雰囲気を纏い、

手には見慣れない薄型のタブレットを持っていた。

そのタブレットは、光沢のある黒い筐体で、中央に

「XM3」というシンプルなロゴが浮かんでいる。

その光沢は、部室の古びた調度品の中で、異質なほど

洗練された輝きを放っていた。まるで、未来から

タイムスリップしてきたかのような、不思議な存在感を

放っている。


「みんな、ちょっといいかしら」


咲の声は、いつもと変わらず落ち着いているが、

その瞳の奥には、何か新しいものへの期待が宿っているように

見えた。その期待は、彼女自身の秘めたる思いと、

このタブレットが持つ可能性を知っているからこその輝きだった。

普段、感情をあまり表に出さない咲の、その微かな表情の

変化を、悠は見逃さなかった。咲はタブレットを

机の中央に置き、三人に視線を向けた。彼女の視線は、

部室の空気を一瞬にして変える力を持っていた。


「これはね、『XM3ライティング環境ライセンスモデル』。

物語に『命』を吹き込むための、新しい思考フレームワークです。

この子(XM3)が、きっとみんなの手助けをしてくれるわ」


咲は、まるで生き物のようにXM3を指し示し、擬人化する。

そして、咲の目線が、一瞬だけXM3ではなく、

誰もいない空間を見つめていた気がした。悠は、

理由もなく背筋に寒気を覚えた。それはほんの一瞬のことで、

すぐに咲はいつもの冷静な表情に戻っていたが、

悠の心には微かな引っかかりが残った。


その言葉に、悠と琴音は顔を見合わせた。


「えー、何それ?なんかSFっぽい!

未来の道具みたい!」


琴音は目を輝かせ、すぐにタブレットに

手を伸ばそうとした。その動きは、まるで新しいおもちゃを

見つけた子供のようだった。だが、咲が制止する。


「触るのはもう少し後で。

まずは説明を聞いて」


琴音は少し不満げに手を引っ込めたけど、その好奇心は隠せない。

彼女の瞳は、タブレットに釘付けになっている。


「ねえねえ部長、それって、私たちの書くの、

手伝ってくれるってこと?」


琴音が前のめりになって尋ねた。咲は静かに頷いた。


「ええ。特に、あなたたちが今、

悩んでいるであろう『感情の動き』や

『キャラクターの動機』を

深く掘り下げる手助けをしてくれるわ」


悠の心臓が、ドクン、と大きく鳴った。

「感情の動き……動機……!」

まさに、彼女が今、最も求めていた言葉だった。

瞳が大きく見開かれる。彼女の心の中で、

長らく膠着していた創作意欲の奥底から、

微かな熱が生まれ、それが胸の奥にゆっくりと広がっていく。


「難しそうだけど、なんだかワクワクするかも。

もしかしたら、私の中の『書けない』って部分を、

この子(XM3)が、見つけてくれるかも……」


悠はXM3に語りかけるように視線を送った。


「まじで!? じゃあ、私のキャラも、

もっとエモくなるってこと!?

サイコーじゃん! 部長、それ早く言ってよー!」


琴音は満面の笑みを浮かべ、喜びの声を上げた。

彼女の声は、部室全体に響き渡る。

咲は、二人の反応を静かに見つめていた。

彼女の表情には、確信にも似た自信が浮かんでいる。

このXM3が、文芸部の、そして彼女たちの創作の未来を

大きく変えるということを、咲はすでに予感していたのだ。

部室に新しい風が吹き始めた瞬間だった。それはただの風ではなく、

物語の創造性を刺激する、目に見えない新しいエネルギーだった。

彼女たちの青春の物語に、新たなページが加わろうとしていた。

悠の心臓は、新しい物語が始まる予感に、小さく、しかし確実に

高鳴っていた。その高鳴りは、長らく停滞していた創作意欲が、

再び動き出した証拠だった。

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