第12話 壊せる者


魔力の奔流が都市を満たす中、ハルトとゼルは向かい合っていた。

空間はすでに戦闘領域へと変貌し、地形すら都市の意志に従って歪んでいく。


「これが、都市と同化した偽神の力か」


ハルトの背に浮かぶ六枚の光翼は、静かに脈動していた。

青白い光が刀身に走り、彼の意志と完全にリンクする。


「来い、ハルト。君の覚悟をみせてみろっ!」


ゼルが先に動いた。

その身から放たれたのは、七連撃の魔導砲『ジャッジメント・ロウ』

異なる属性の魔力弾が、時空を歪めながら一斉に放たれる!


「くっ!」


ハルトは、左手を突き出し防御のための風の魔法陣を瞬時に展開。

盾として魔力流を逸らし、跳躍して空中へ飛び上がる。


「『奔流二式:爆裂斬・天慶』!」


空中から放たれる無数の斬撃が、音速の軌跡を描きながらゼルに迫る。

だが、ゼルはそれを読み切っていた。


「甘いっ、『対応因子サーチコード』展開」。


次の瞬間には、ゼルの足元から立ち上がる光の防壁が、斬撃をすべて吸収し、そのまま変換して反撃に転じる。

(攻撃を分析し、即座に対応! これは、戦うたびに、進化しそうだな……)

ならば、ハルトは一つ息を吐き、呼吸を整える。

相手は人間としての限界を超えた存在。だが、だからこそ、挑まねばならない。


「ゼル。お前の記憶と想い、全部、受け止める。だから……俺の全ての想いも受けてみろ!」


『奔流の核剣』が再び輝きを増し、今度は赤と青、二つの光を編み込んだ。

それは、ハルトがここまでの戦いで身に付けた全ての想いだった。


「『奔流演武・頂点開放:連華・煌焔斬』!」


剣が閃き、周囲の空間すら焼き尽くすような奔流が展開される。

その斬撃は、空間の因果律さえ断ち切る”理の刃”だった。

ゼルは驚愕しつつも、それを真正面から迎え撃つ。


「これが……君の答えか。ならば、僕も全てを賭けて、応えよう!」


二つの意志が、衝突する。


刹那………。


爆風が辺りを包み、閃光が全てを真っ白に塗りつぶした。

振動波が遠く離れた都市の外縁にまで伝わり、空間が激しく震えた。


そして……。


風が止み、光が収まったとき。

その場に立っていたのは、一人の少年だった。


「……勝った、のか……?」


ハルトは剣を杖代わりに体を支えながら、崩れ落ちたゼルの前に立っていた。

ゼルは微笑みながら、静かに頷いた。


「うん。やっぱり、君は、”壊せる者”だった………」


その言葉を最後に、ゼルの身体はゆっくりと光に変わり、空へと還っていった。

だが、ハルトは気づいていた。

ゼル以上の存在が、まだこの地下にいることに。

この都市の地下には、さらなる深い闇が待っている。

ゼルの消失と同時に、都市中枢の空間が静寂に包まれた。

都市そのものが沈黙し、膨大な魔力の循環音すら消えていた。

その静けさの中で、ハルトは、かつてないほど強い違和感を覚えていた。

何かが終わったのではない……。むしろ、何かが始まったのだと。

床に落ちていた一片の光結晶。


「ゼルの残したもの、か……」


それはゼルの記憶データ『残響断片メモリアル・コード』だった。

ハルトが手に触れると、結晶から光が溢れ、視界に映像が投影される。

それは、ゼルがまだ”人間”だった頃の記録だった。


『メモリアル・コード:起動』


「……もし君が、この記録を見ているのなら、僕を超えたんだろうね」


そこには穏やかに語りかけるゼルの姿があった。

その背後には、建設中の都市の外郭と、無数の機構群が立ち並んでいた。


「この都市は、もともと”人を神に近づける”ための器だった。

だが、研究が進むうちに、それだけでは済まなくなった。

”門”が開いたんだよ。別の次元と、繋がってしまった」


記録映像の中のゼルの表情がにわかに険しくなる。


「開いた”門”の向こうにいたのは、情報生命体とも呼べるべき存在。

無限の知識を持ち、対価として”人の存在そのもの”を要求してきた『情報悲壮体ラキタス』

あれは、ただの神ではない。世界の形をも書き換える力を持つ”因果の書き手”だ」


ハルトの目がわずかに見開かれる。


『ラキタス』。それは、この世界の創造神として伝えられてきた名前だった。


「僕は選ばれた。都市の意志を媒介に、『情報悲壮体』と接続する”審神者”に。

でも、あの存在と繋がるほどに、人としての自我が、蝕まれていった」


ゼルは、静かに微笑む。


「君がここまで辿り着いたのなら、お願いだ、ハルト。都市の最下層『知識の心臓』に行ってくれ。

そこに、”彼”の本体が封印されている。まだ間に合う。僕たちは、まだ、抗える」

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