第17話. 私の信ずる神
アスラトだったものが血の染みとなって大地にこびりつくのを一瞥し、フィオは再びリレイディア聖堂へと翼を向けた。アスラトから奪った桔梗の槍とリレリックは、まるで戦利品のように腰に帯びている。
フィオがリレイディア聖堂を圧倒的な力で破壊してルザーヴの大通りに降り立つと、その異形の姿に人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、道は瞬く間に静寂を取り戻した。静けさの中に、武装した4人の足音だけが響く。ルザーヴの自警団だ。ライトアーマーを身に付け、剣や槍で武装している。決死の覚悟を表情に浮かべてはいるが、その瞳の奥には隠しきれない恐怖が揺らめいている。
「アスラト様の仇を取らせてもらう。その桔梗の槍はフォアボーテシアのみが持つことを許された崇高な物だ」
フィオは集団の中を、まるで存在しないかのように平然と進み続ける。
「違う。お父さんの物だ。お母さんが貴様ら人ゴミに貸してやってるだけだ。自惚れるな。人ゴミ程度にこの槍の所有者たる資格はない」
フィオは冷ややかに呟き、道を塞ぐ男を腕で無造作に払いのけた。しかし、別の男が激情に駆られ、背後から剣を突き立てる。
フィオの体は刃を貫かせてやる。フィオは億劫そうに振り返り、振り抜いた裏拳は男の絶叫が音になる前にその頭部を血と肉片の霧に変えた。
「図々しいんだよ。今貴様らが生きてるのは、殺す価値もない貴様らに行動を起こしてやる理由もないからだ」
その絶対的な力の差に、自警団の足が縫い付けられたように止まる。フィオが再び聖堂に向かって歩を進めようとした、その時。凛とした高い声が響いた。
「お待ちください。神様……」
自警団の中から、細身の剣を腰に備えた一人の女が静かに歩み出た。
女の髪はシルバーブロンドで、かんざしでスッキリとまとめられている。揺るぎない希望を宿したワインレッドの瞳が、フィオをまっすぐに見据えている。
「私にもお手伝いさせてください。あなたが為す正義を……」
フィオは足を止めず、人ゴミの稚拙な嘘だと断じて聞き流す。しかし、女は言葉を続ける。
「リクシア教の教義は、史実とは違う甘ったるい英雄譚です。私は幼い頃からそれが好きになれませんでした」
その言葉に、フィオは足を止めた。女は熱を帯びた声で続ける。
「それなのに、この国の全ては偽りの教えによって支えられている。そんな欺瞞に満ちた世界に、私の目の前に、真の神威を体現するお方が現れました。甘ったるい信仰を振りまく聖堂を、その慈悲なき力で次々と破壊していく。……震えました。私の心が歓喜に弾けるのを感じた。私はあなたの傍で全てを見届けたい。あなたの絶対的な正義を、その威光を……」
「人ゴミごときの力が僕に必要だとでも?」
「たとえば──」
女は剣の握りに手をやる。次の瞬間、隣にいたはずの自警団員の男が驚愕に目を見開く。
「お前……あいつに騙し討ちを仕掛けるはずじゃ……」
その胸の中心には、女の細い剣の切っ先が深々と突き刺さっていた。女は流れるような動きで刃を抜き、返す刀でもう一人の心臓を正確に貫く。払うように遺体から刃を抜くと、鮮やかな血飛沫が宙を舞った。
「あなたの御手を煩わせる価値もない、邪魔なゴミの排除は私が引き受けます。あなたの行く道に、いかなる障害も残しません」
女はフィオの歩みに合わせて、少し後ろを静かについていく。その足取りに、もはや迷いはない。
「お前個人の動きに興味はない。勝手にしろ。だが、僕の邪魔をしたら殺す」
「畏まりました」
女は剣を鞘に戻し、フィオに頭を下げる。
「フレイラ・ウズルバートと申します。以後、お見知りおきを」
フィオは返事をすることもなく、ただ聖堂を目指して飛ばずに歩き続ける。フレイラは、影のように、しかし確かな意志を持ってその後を早足でついていった。
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フィオはルザーヴを出て次の破壊へ向かっていた。その刹那、背後に付き従っていたはずのフレイラの気配が消えていることに気づいた。
フィオがフレイラの位置を空間認識の力で探ると、急いで自宅に戻ってカバンに必要な荷物を詰めているのが見えた。
彼女はわずかな私物を手早く革のカバンに詰め込むと、すぐさま市場へ向かい、最も無骨で保存の効きそうな干し肉、堅パン、チーズの燻製などを澱みない動きで買い込んでいた。全てにおいてなんの無駄も嗜好も無い。
フィオがゆっくりと歩いていると、程なくしてフレイラが全く息を切らさずに走ってきた。背中と腰にはコンパクトな背嚢とポーチを備えている。
フレイラは「戻ってきた」と言うべきか考える。しかし、「邪魔をしたら殺す」という言葉を反芻する。そして、結局言わない選択をする。
しばらくの間沈黙が続く。ただ2人の足音だけがする。ヴェーラとの日々のせいで、言葉のない二人きりの空間に慣れていないフィオは、その静寂に奇妙な居心地の悪さを感じていた。耐えかねたように、彼は背を向けたまま口を開く。
「瞬間移動できるのか? 魔法か魔道具か」
不意に神から言葉をかけられ、フレイラの肩が微かに震えた。しかし、彼女は即座に平静を取り戻す。
「申し訳ございません。私に瞬間移動の能力はありません。ですが──」
フレイラは顔を上げ、そのワインレッドの瞳に狂信的なまでの決意を宿してフィオを見据えた。
「あなた様が天の果て、地の果て、どこへ行かれようとも、この足がある限り必ずや追いかけます」
「分かったよ……歩きでいい。どうせ永遠を持つ僕にとって一瞬も万年も大差ない」
「ありがとうございます。あなた様から賜ったその時間に見合う以上に、この身、必ずやお役に立ててみせます。移動のための魔道具も、速やかに入手いたします」
「それと」と、フィオは億劫そうに続けた。
「『あなた様』という呼び方はやめろ。気味が悪い。フィオでいい」
「はい……フィオ様……」
フレイラは、許された呼び名を確かめるように、静かに、しかし深くその名を口にした。
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