第2話 天才二人、ここにあり

「はい、これでいいんでしょ」


 零は何もなかったのかのようにそういった。


「お前、本当に初心者か?」


「だから今日が初めてだって。あーでも少し違うかも正確には誰かと一緒にやるのは初めて」


 帝零、彼にはボールしか遊び道具がなかった。

 だからボールを蹴り続けた誰もいない家の庭で。

 限られた狭い空間の中、足元からボールを離さず動かすすべを学んだ。

 壁当ての中でどのように足を向ければボールのどこに足のどこかを当てれば強いシュートを決めた方向に打てるのかを学んだ。

 その成果が今、結果として残っている。

 一人でしかできなかっただからこそ個人技は人間の域を超えていた。


 一年生は零を称賛するとともに焦りを感じていた。

 零にボールを渡せば点を取ってくれるかもしれない、しかしそれは自分の出番を彼に譲るということでもある。


 審判の笛で試合が再開する。

 普通の試合風景、特に動くことはない。

 誰もFWにボールを渡さないのだから。


 零が自らボールを取ろうにも初心者ができるわけもなくただ抜かれるだけ。


 両チームシュートが打てず膠着した試合が続く中、一筋の光が零に差し込んだ。


「ほらいけ、ストライカー!」


 零にFWを譲った金髪の少年、彼が自らが奪取したボールを零へとパスした。


 零はドリブルをしようとするが先ほどのようにうまくはいかない、上級生のマークがこれでもかというほどに付いていた。

 零一人に三人のディフェンス、力はあれど数を打ち負かすのは簡単なことではない。

 が、逆に言えば零に三人ついているということはほかのチームメイトが自由フリーな状況にあるということ。

 パスを出せば、パスさえ出せればこの形成は逆転する。


「こっち、蹴れ!」


 零は少しボールを動かし敵の間に隙を作る、そしてその間を通すパスを味方へと送った。

 しかし、そのパスはパスというにはあまりにも威力が強すぎた。


 パスというのは普通、サイドキックといわれる方法で行う。

 足を横に向け、内側でボールを蹴る。

 だが零は違った。足の甲で、シュートの方法でパスを行った。


 誰にも受け止められない、敵さえも足を止めボールがコート外に出るのを待った。

 一人を除いて。


 名は八木やぎ唯我ゆいが、零にFWを譲った少年。

 彼には唯一誇れる才能があった。

 それは足の速さ。小学生時代の彼のあだ名は韋駄天、誰にも負けぬ速さを唯我は持っていた。


 「ナイスパス」


 相手のDFをも超える守備放棄オーバーラップ、右サイドを駆け上がり零からのバトンを受け取る。


 そして中央へと切り込む――と思わせるフェイント。そのままサイドから中央を駆け上がってきたストライカーへとボールを返す。


 ――完璧な曲射ピンポイントクロス


 敵を追い越し、ボールは零の欲しかった完璧な位置へと落ちていく。

 ただ零はそのボールへ足を当てるだけ、その動作だけでボールはゴールへと吸い込まれていく。


 逆転。その2文字以外必要ない。


 一年生の誰もが恐怖を感じた。

 彼らを超えることはできない、自分たちは彼らに負けたのだと全員がそう思った。

 その瞬間から他の一年生は彼らを輝かせるための下僕へとなり下がった。


 二人は次々と点を取っていく、最早これは試合ではない蹂躙だ。

 結果を見ればそれを理解出来るだろう。

 30分×2の試合で得点は11対1。

 上級生の中にはその悔しさから涙を流すものもいた。

 

 試合終了後に残ったのは天才に圧倒されたという事実だけ。

 一年生の中にはこの日に退部するものも出た。

 理由は明らかだった。才能の壁、それがあまりにも大きかったから。

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