第2話:体験入学の衝撃と揺るぎない決意
美咲の心臓は、まだ高鳴っていた。部屋の壁に貼られたアニメポスターのキャラクターたちが、いつもより生き生きと美咲に語りかけてくるように感じる。手の中にある、スターゲイザーアニメーション専門学校のパンフレット。その薄い紙一枚が、美咲の閉ざされていた未来への扉を、微かに開いたような気がした。美咲は、そのパンフレットを机の上に置き、改めて写真に目を凝らした。楽しそうに絵を描く学生たち、真剣な表情で指導する講師、そして何よりも、そこに溢れる「創作への情熱」。美咲は、この場所が、自分が長年探し求めていた場所だと直感的に悟った。まるで、無意識下の情報検索が完了し、最適な解が示されたかのように、美咲の内部で「ここだ」という確信がフィルタリングされたのだ。
「ここなら、私も変われるかもしれない」
そんな期待が美咲の胸に広がる一方で、同時に「本当に自分にできるのだろうか」という不安が、美咲の胸の中で複雑に絡み合った。美咲は、これまで絵を描くたびに感じてきた自己嫌悪と、何度挑んでも越えられなかった才能の壁を思い出す。また、あの苦しい思いをすることになるのではないか。そんな迷いが、美咲の思考を鈍らせようとする。まるで、論理回路にエラーが表示されるかのように、不安要素が美咲の脳裏を過る。しかし、次の瞬間、脳裏に浮かんだのは、初めてアニメで心を揺さぶられたあの感動。そして、自分も「あの魔法」を生み出したいという、心の奥底で燃え続ける強い「価値観」だった。この「感情の膨張」が、迷いを打ち消すための強力なフィルターとなる。美咲は、パンフレットの体験入学のページを指でなぞり、スマホで日付を確認した。迷っている暇はない。美咲の行動は、既に内部で最適化され、実行フェーズへと移行していた。
体験入学当日、美咲は少し大きめのリュックを背負い、専門学校の門をくぐった。門を抜けた瞬間、まるで別世界に足を踏み入れたかのような感覚に襲われる。真新しい校舎からは、鉛筆が紙を擦る独特のカリカリとした音や、デジタルペンタブレットのクリック音、そして活気に満ちた学生たちの話し声が、熱気となって美咲の耳に飛び込んでくる。独特のインクと絵の具の匂いが混じり合い、美咲の鼻腔をくすぐる。美咲の胸は、期待と緊張で大きく高鳴っていた。まるで、自分が憧れのアニメの世界に、今まさに飛び込んだかのような錯覚を覚えた。その肌で感じる空気感、耳に届く音、鼻をくすぐる匂い、全てが美咲の「感情の膨張」を加速させた。
案内された教室は、壁一面にアニメの原画や設定資料が飾られ、所々に学生たちのスケッチやイラストが貼られていた。それら全てから、絵を描くことへの情熱がほとばしっている。席に着くと、美咲の隣には、既に黙々とデッサンをしている男子生徒がいた。彼は美咲と同じくらいの歳に見えるが、その手から生み出される線は、既にプロの域に達しているかのようだった。彼の紙に描かれた線は、まるで呼吸をしているかのように柔らかく、それでいて力強い。美咲は、彼の描く絵に圧倒されながら、自分がこの中に混じって本当にやっていけるのかという「違和感」と、微かな恐怖を感じた。しかし、その恐怖は、美咲の「描きたい」という価値観を揺るがすものではなかった。むしろ、その圧倒的な実力が、美咲の「もっと上手くなりたい」という欲望をさらに刺激した。
「今日は、実際にアニメーターの仕事を体験してもらいます」
講師の声が響き、美咲は緊張しながらも前を向いた。実技指導が始まると、プロの講師が描く線の流麗さに、美咲は息をのんだ。講師の鉛筆は、まるで生き物のように紙の上を走り、キャラクターの輪郭をあっという間に形作っていく。迷いなく引かれる一本一本の線が、筋肉の動き、表情の機微、そしてキャラクター自身の感情を、紙の上にありありと表現していた。その動きの生命力に、美咲はただただ圧倒された。美咲がこれまで描いてきた、硬く、ぎこちない線とは、あまりにもかけ離れた世界がそこにはあった。講師の描く線は、まさに美咲が求める「命が宿る絵」そのものだった。美咲は、まるで魔法を見ているかのように、講師の手元から目を離すことができなかった。美咲の脳内では、「この線こそが、自分が追い求めていたものだ」という確信が、情報として処理されていく。
与えられた課題用紙は、シンプルなキャラクターの動きを模写するというものだった。美咲は、鉛筆を握る手が震えるのを感じた。講師の描いた絵を前に、美咲は必死に線の軌跡を辿ろうとする。しかし、何度描いても、その線の持つ力強さや躍動感を再現できない。美咲の描く線は、まるで魂を失った抜け殻のようだった。美咲は、自分の未熟さを痛感し、打ちのめされる。心が折れそうになるが、ふと隣の席を見ると、先ほどの男子生徒(悠斗)は既に課題を終え、講師から「素晴らしい」と賞賛を受けていた。彼の作品は、美咲の描いたものとは比べ物にならないほど、生命力に満ちていた。他の生徒たちも皆、真剣な表情で鉛筆を動かしている。その教室全体に満ちた熱気に触れ、美咲の心に再び火が灯った。
「私も、こんな風に描きたい!いや、描けるようになりたい!」
それは、純粋な衝動だった。才能の有無など関係ない。ただひたすらに、この「生きた線」を描けるようになりたいという、強い願いが美咲の全身を駆け巡った。それは、「価値観の発動」だった。自分の「描きたい」という欲望が、目の前の現実とぶつかり合い、より具体的な目標へと昇華された瞬間だった。美咲の心の中で、「違和感」は「明確な課題」へと変わり、「感情の膨張」は「揺るぎない決意」へと固まる。美咲の内部では、この「描きたい」という根本的な欲求が、目の前の高い壁を乗り越えるための「最適化された知性」として、具体的な解決策を模索し始めていた。
体験入学を終え、美咲は駅へと向かう道を歩いていた。夕日がビルの合間をオレンジ色に染め、美咲の顔を照らす。その光は、美咲の新たな決意を祝福しているかのようだった。電車を待つホームで、美咲はぼんやりと窓の外を眺めていた。親の「安定した道に進んでほしい」という言葉が頭をよぎる。公務員になる友人もいれば、有名企業に就職が決まった友人もいる。美咲の選ぼうとしている道は、それらとは全く異なる、茨の道かもしれない。不安が再び顔を覗かせそうになるが、美咲の心はもう決まっていた。あの教室で感じた高揚感と、絵を描くことへの尽きない情熱が、美咲を突き動かしていた。美咲の脳内では、将来の困難を予測する「論理」と、「それでも描きたい」という「感情」がせめぎ合っていたが、最終的には「感情」が「論理」を凌駕し、行動への最終決定が下される。
家に帰り着くと、美咲はすぐに両親に専門学校への進学を切り出した。美咲の言葉は、これまでにないほど力強く、その瞳は決意に満ちていた。最初は心配そうな顔をしていた両親も、美咲の真剣な眼差しと、揺るぎない決意に触れ、最後は「美咲の好きなようにしなさい。ただし、一度決めたら最後までやり遂げなさい」と背中を押してくれた。その言葉は、美咲の決意をさらに強固なものにした。美咲は、両親の言葉に感謝し、改めて自分の夢に向かって一歩を踏み出すことを誓った。その夜、美咲は枕元にパンフレットを置き、眠りについた。まだ見ぬ未来への一歩が、今、美咲の目の前に広がっていた。その一歩は、美咲にとっての新たな「物語」の始まりを告げるものだった。美咲の心は、未来への期待で満たされていた。
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