第九話 完全社会のデザイン
殺してはいけません。
盗んではいけません。
一夫一妻でないといけません。
これらは野生に無い掟だ。
人類は社会を形成するにあたり、野生に無いことをルール化して互いを管理してきた。しかし、管理手段の一つである監視が行き渡らない限りにおいては、容易にそれは破られ、検証から罰を与えるまでに随分と時間がかかった。
そして時代が進むにつれてルールは細分化し、複雑化した。社会を構成する個々人が全てのルールを頭に入れて動くことは不可能となった。
例えば、自動車の運転ひとつにしても、社会がルールの制定とともに地面に線を引き、標識を立て、免許証の更新のたびに学習をさせたところで、人というのは、容易に命を奪える鈍重な鉄の箱をとてつもないスピードで走らせ、危険な運用をするのだ。
誰も何も覚えちゃいないし、立派なルールのもと社会が成り立ってると胸を張って言い張れるほど、現代社会はそんなにすごくない。
ルールを制定する者を選挙するのだってそうだろう。汚職、賄賂、金権政治……いくらそういうものを嫌ったって、何十万円かをポケットに突っ込まれれば支持に回ってしまう弱い心が何万票という姿となってうっかり世界を支えてしまう。
歪な関係性の人々がルールを作り出す側に回っているとしたら、社会人なんて言葉は飾りに過ぎないし、大人はそんなにすごくない。
人の一挙手一投足をブロックチェーンに記載し、世界中のコンピュータで監視し、超速度でルールに適しているかどうかを審議し、許可を出し、フィードバックをもとにチューニングし、振る舞わせることができたなら、完全な社会をデザインすることができるだろう。
そうできるように人体や脳を改造するのかって? それもいい案だ。逸脱者はすぐにドロップアウトするように仕組みを備えられたら完璧だ。
お金の流れもそうしてしまおう。現金貨幣が一番ごまかしやすくて、移動させるのに負担がかかって、もともとよくない形のツールだったんだ。バーチャルポイントや仮想通貨にして、ポケットに盗み取ることはおろか、出納の帳簿を改竄できないようにしてしまおう。
選挙もそうだ。ネット選挙が危険だという人の中には、弱い人が買収されたり脅されたりして大切な一票を意に反して入れかねないという懸念がある。
だが、人の行動とお金の流れがブロックチェーンに記録されていれば、何も心配ない。投じられた一票の妥当性は保障されるし、その投票行為においても無効になりそうな要素は見つけることはできないだろう。
こうやって、ルールを守ったり守らなかったりの前に「そもそもできない」ようにしていこう。
野生に無かったことをルールにし、そのルールで成し得なかったことをブロックチェーンにしていく。
結局そういうことを窮屈に思い始めるのが人間だから、元来わざわざ人がしなくてもよかったことはAIによるデジタルクローンに任せるようになる。ルールを守ることをデジタルクローンに任せたら人間がすることは一つ。
野性に還ることだ。
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