第二話 複製という欺瞞
現実世界のものは複製ができない。例えば目の前の一つの食パンが、いきなりニュッと分裂して焦げ目まで同じ二つの食パンになることは無い。
コピー機という機械は存在するが、元の紙の表面に描かれた何らかを光学的に読み取り、あらかじめ用意しておいた別の紙へ、トナーの黒い粉をこびりつかせて再現できているに過ぎない。
だから、唯一無二であることに価値がある。
現実世界は、コピー品をコピー品であると人間が認識することで、一層オリジナルの価値が高まっていく。
デジタルデータとして作成されたものは複製ができる。文字も、画像も、映像も、仮想世界がお望みなら、空間だってまるごと複製することができる。
コピーという機能の実際は、メモリへ刻まれる電気信号のオン/オフを、他の領域でまったく同様に揃え、あるいはその塊がプログラムであるなどした結果、同様に表示再生や振る舞いが行われることだ。
だから、唯一無二であることに価値はない。
デジタル世界は、コピー品をコピー品であると人間が認識しないことで、複製と拡散を繰り返して利便性が高まっていく。
人類史において、複製が不可能な現実世界と、その内側にある、複製が可能なデジタル世界で交流が起こった。
デジタル世界は現実世界における数々の物理的制約を取り払い、スピーディーで、ダイナミックで、エキサイティングな体験とクリエイションを人類にもたらした。
ところが、唯一無二であることに価値があった現実世界へ、唯一無二であることに価値がないデジタル世界から、コピー品が大量に流れ出した。
最初は誰も気にしなかった。価値がないものはいくら複製されてもかまわないし、便利であることが何よりも重視されたからだ。
だが、便利というのは単なる感想でしかなく、何らの論理も伴わないことを人は忘れていた。
コピー品をコピー品であると人間が認識できない寸分違わぬコピー品。
デジタル世界で価値があると信じて作り上げたものが、複製と拡散の繰り返しによっていともたやすく地に落とされる。
それから、複製可能な世界の中で、複製不可能な世界の人間が、自身の価値観を野蛮に振り回しはじめた。
ある者は、デジタル世界の複製という自然の摂理に挑み、複製しようとするとそれそのものがブッ壊れるような術を施した。
ある者は、デジタル世界に錠を、現実世界に鍵を用意し、錠に合う鍵を持たない者を拒絶した。
ある者は、デジタル世界から現実世界へ、小賢しい問い合わせを繰り返して、人間に面倒くさい確認を何度もさせようとした。
そしてある者は、デジタル世界の中に監視者を雇って報酬を出す仕組みを作り上げ、台帳に刻み、コピー品が生まれた段階でそれを監視者によって棄てさせることを思いついた。
デジタル世界をいじくり回す過程で、現実世界では多くの諍いが生まれ、罪もない人が責め立てられた。
沢山の屍を積み上げ、戻れないところまで来て、やっと人類は気づいた。
複製不可能な世界の人間が「世界の複製」に躍起になっていたということに。
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