第28話「日の出とともに」

 礼拝堂の影を押し出すように太陽が昇る。

 陽光を浴びた銀色の髪が煌めくと、アランはいまだ赤い目を細めた。

 朝日に照らされたアランの肌から焼けるような音と共に白煙が上がる。

 それは以前小瓶に入った水を吸血鬼に投げつけた時と同じ現象だ。


「あ、アラン様っ! 肌が……!!」

「ん? あぁ、大丈夫。血を吸ってしまったから、吸血鬼の本能がちょっと顔を出しているだけ。死んだりはしないよ」

「そういう問題じゃないです!!」


 柚子は慌てて羽織を脱ぎ、アランの顔を隠すようにかぶせた。

 陽光さえ当たらなければ焦げ付いた臭いがあがることもないようだ。

 しかし、隠しきれない手から白煙が上がっていた。

 柚子の目尻に引っ込んでいたはずの涙がせり上がってくる。


「柚子、泣かないで。君に泣かれると僕はどうしたらいいか分からなくなるんだ」

「っ、だって、このままじゃアラン様が吸血鬼だって、周りに気付かれてしまいます」

「僕の心配をしてくれてるの?」

「当たり前です!」


 とめどなく流れ落ちる涙が一つ、また一つと地面にシミを作っていく。

 柚子が溢れ出てくる涙を止めようと眉に力を込めるが、効果はない。

 頬を伝う涙をアランの指が掬う。

 肌が焼けているというのに優しい手つきは普段と変わらず、ますます柚子は顔を歪ませた。


「な、なにか、私にできることはないのですか?」

「うーん、このままでも僕は大丈夫なんだけど……」

「私が大丈夫じゃありません」

「……このままいると柚子の水分が全部抜けていってしまいそうだね」


 ほのかに嬉しさを滲ませたような苦笑いを浮かべたアランは、頭を隠していた羽織を柚子へと返した。

 途端、アランの頬が焼けてしまう。

 慌てる柚子をよそに、アランは楽しげに微笑んだ。

 ポンッと花きびが爆ぜるような音がしたかと思うと、アランが目の前から消えていた。

 目を丸くさせた柚子の足に温かな感触が伝わる。

 恐る恐る下を見ると、そこには赤色の瞳をした黒猫がお行儀よく座っていた。


「……へ?」


 突然の暴露に柚子の涙はいつの間にか引っ込んでしまった。

 ますます目を丸くした柚子は黒猫と目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 柚子の探していた黒猫のような毛並みをしているが、目の色が違う。

 迷い猫は金色の瞳で、目の前の黒猫は赤色の瞳をしていた。


(え、ちょっと待って)


 金色の瞳がアランと同じだと感じたのはいつだったか。

 脳裏に違和感が過り、柚子は怖々と黒猫に問いかける。


「もしかして……アラン様、なのですか?」

「なぁーん」


 楽しげに頷く黒猫――アランが柚子の頬を舐めた。

 ざらついた舌がくすぐったく、柚子の顔に花が咲く。


「私が追いかけていたのも、アラン様だったのですか?」

「ふにゃあ」

「ケリーは黒猫がアラン様だと知っていて私に依頼を……?」

「にゃあ」


 アランに頷かれ、柚子は脱力してしまう。

 両手を地に着いてうなだれると、アランが心配そうに柚子の周りをぐるぐると回った。

 アランの焦りように柚子は思わず吹き出してしまった。

 柚子はアランを抱き上げて立ち上がり、歩みを進める。


「このお姿だと太陽も平気なのですか?」

「んなぁ」


 陽光にあたっても黒猫が焼けることはないようだ。

 柚子は安堵に胸を撫で下ろし、息を吐いた。

 気遣うように頬にすり寄ってきたアランに、柚子は前も同じ事があったと思い出す。

 黒猫の姿でタルト・オ・ショコラを平らげたアランが脳裏に浮かんだ。

 同時に、その後黒猫と布団に入ったことも思い出してしまう。

 一瞬にして全身が沸騰したように熱くなった。

 耳の先まで赤くなっていると自覚できるほどに体が熱い。

 柚子の様子にアランは不思議そうに首を傾げる。


『柚子、どうしたの?』


 はくはくと口から空気ばかりを出していると、頭に声が響いた。

 聞き慣れた優しい低音は、アランのものだ。

 黒猫を見れば口は動いていないようだった。


「アラン様の声、ですよね……? 今、頭の中にお声が……?」

『柚子の血を吸ってしまったからね。血が僕から抜けるまで、こうやって喋ることができるんだ』

「最初から言ってくださればよかったのに」

『ごめんごめん。僕もついさっきまで忘れてたんだ。それで、いきなり体温が上がったみたいだけど、どうしたの?』

「え、えっと……その……」


 しどろもどろになりながら、柚子は視線を彷徨わせる。

 あの時、アランは黒猫の姿だったのだから、問題ないと理解しているがどうしても羞恥心が湧き上がってしまう。

 続く言葉を待つように赤色の瞳がまっすぐに柚子を見つめている。

 木陰で足を止め、柚子は覚悟を決めて口を開いた。


「あ、あれは同衾どうきんになるんでしょうか……!!」


 また花きびの爆ぜるような音が聞こえた。

 目の前に元の姿に戻ったアランが佇んでおり、口元に手を当ててそっぽを向いている。

 突然の変化へんげに柚子は目を瞬かせた。

 アランを見上げると、二人の間を風が吹き抜ける。

 銀色の髪が風に攫われ、隙間から見えた頬がほんのり朱に染まっていた。


「柚子、そんな破廉恥はれんちな言葉をどこで覚えてくるんだい?」

「え? 三日月家の教師に教えていただきましたが、なにか問題が……?」

「……そっか。わかった。柚子はなにか誤解しているようだけれど、同衾にはならないから安心して」

「?」

「深いことは考えなくていいよ。ほら、三日月堂に帰ろう?」

「? はい」


 納得のいかないまま柚子は頷く。

 その様子をしっかりと見つめ、アランはまた猫の姿に戻った。

 ひょいと簡単に腕の中に飛び込まれる。

 柚子は黒猫を抱えながら、また歩き出した。


『帰ったら何を作ってもらおうかなぁ』

「チョコレートトリュフやタルトタタンはどうです?」

『いいね』

「……私、帰ったらたくさん作りたい気分です」

『そっか。柚子が作りすぎても僕が全部食べてあげるね』

「はい。よろしくお願いします。アラン様」

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