第27話「反撃」
柚子を背中に隠したアランが、ケリーへと一歩近づいた。
ケリーは余裕を表情を崩さないが、頬に一筋の汗が垂れている。
「俺に手は出さないって約束だろ?」
「それは君が僕だけを狙っていた時の話だ。僕が庇うことを想定していたのだとしても、柚子に手を出したのだからこうなる覚悟はしてもらわないとね」
「はっ。吸血鬼風情が
「それは光栄だけど、僕には不相応じゃないかな」
「あ? 冗談だっつーの。どこの国に守りたい奴の血を啜る
「そうだね。僕は柚子を守れるなら肩書きなんて関係ない」
「へぇそうかいっ!」
ケリーは鼻で笑うように言い放ち、アランへと飛び出した。
握っていたはずの銃を直したらしく、彼の手にはナイフが握られていた。
振り下ろされたナイフはいとも簡単にアランの指先で止められる。ケリーがどれほど力を込めようと、アランは微動だにしなかった。
柚子は攻撃をいともたやすく止めたアランの背中を見つめる。
彼の背に隠されているため、何が起こっているのかは分からない。
ただケリーの凶暴さに釣り上がった碧眼が見えるだけだった。
「とっておきの弾を使うんじゃなかったのかい?」
「殺気を向けてくるお前に撃ったところで避けられてしまいだろうが。とっておきは最後までとっておくからとっておきなんだよ」
「それもそうだね」
後ろへ跳ねたケリーは幾度となくナイフをアランへと振り下ろす。
だがその刃がアランに届くことはない。
猛攻とも呼べる攻撃を受けているが、アランはその場から動いていなかった。
「あぁそうだ。稀血は美味かったか?」
「……そういう揺さぶりに乗ると思う?」
「あぁ、思うね!」
ケリーの長い脚がアランの顎を狙って振り上げられる。
蹴り上げた靴底にもナイフが仕組まれていたようで、僅かにアランの肌を傷つけた。
だが何事もなかったかのように回復してしまう。
舌打ちをしたケリーがまた距離を取る。
「君は何か勘違いをしているようだけれど、僕は稀血だから柚子と一緒にいるわけじゃないよ」
「へぇ、それは酔狂だな」
「僕を探していた君も酔狂だと思うよ」
「吸血鬼ハンターが吸血鬼を探して何が悪い。始祖さんよぉ」
「君はそれを知ってなお、黒猫を柚子に探させたの?」
「当たり前だろ。始祖を倒せば俺は英雄だ。こんな効率のいい獲物を逃すわけないだろ。そうそう、今日柚子に止められた時は歓喜に震えたよ。柚子を噛めば、お前を屠る理由ができるからなぁ」
ケリーの手から炎が燃え上がる。
鬼火のようにアランへと向かってきたそれは、きっと魔術なのだろう。
しかしアランを焼く寸前でふっと消えてしまった。
「魔術も使えるんだ。それだけの才がありながら、嘆かわしいことだね」
「簡単に相殺しておいてよく言うぜ」
「そう。……そろそろ僕からも攻撃していいかな」
アランの言葉に、ケリーの顔が引き攣った。
すでに彼は呼吸も荒れ、動きが鈍り始めている。そんな中、アランの言葉は死の宣告に等しい。
「反撃のわりに生ぬるいと思ってたが、まさか」
「君の攻撃を受けていれば柚子を狙ったことへの怒りが収まるかと思っていたんだけどね……」
向かってきたケリーに、アランの鋭い蹴りが炸裂する。
長椅子をなぎ倒しながらケリーは壁に叩きつけられた。衝撃にステンドグラスが軽快な音を立て崩れ落ちる。
受け身も取れなかったようで、ケリーは痛みに呻いていた。
「ごめんね、やっぱり手加減出来そうにないや」
アランがゆっくりと歩み寄る。
痛みに顔を歪めながらもケリーは銃を取り出し、撃った。
心の臓へと吸い込まれた弾丸は、簡単に貫通してしまう。
「アラン様っ」
柚子の悲痛な叫びが礼拝堂に響いた。
しかし、アランは柚子へ振り返ることなく軽く手を振るだけだ。
ケリーに向かう足が止まることはない。
「なっ、なんで動けるんだよ!! 三日月堂の銀だぞ!!?」
「それを作った人間と僕は友人だからね」
「んな馬鹿な話、他の吸血鬼には効いたってのに……」
「うん。でも僕には効かない」
一歩一歩踏み出すごとにケリーの顔が青くなっていく。
赤い瞳は冷酷を体現したように冷え切っていた。
ケリーの首を掴んだアランが、その手に力を込める。
「終わりだよ」
「はっ、いいぜ、殺せよ」
息苦しさと痛みが混じったような表情でケリーは笑う。
勝ち誇ったような顔にアランが眉を顰めた。
その様子に小さな違和感を抱いたのは柚子だ。
たまらず飛び出して、柚子はアランの背に抱きついた。
「駄目っ!!」
礼拝堂に柚子の悲痛な声が響く。
張り詰めた空気が震え、動けなくなるほどの殺気も僅かに収まったようだ。
少し呼吸がしやすくなった気がする。
柚子の声に、ケリーの首を絞めていたアランの手が、ぴたりと止まった。
振り返ったアランの顔にはいつもの柔らかな微笑みはない。
獰猛な赤色が瞳を染め上げていた。
「……柚子」
「殺しちゃ、駄目です」
必死に絞り出した声が震えた。
それは見たことのない殺気を放つアランが怖いからではない。
「アラン様は絶対、後悔します。それに人に害なしたらアラン様は私から離れていくのでしょう? そうしたら誰が作りすぎた甘味を食べてくれるんですか」
涙でにじみそうになる視界をアランの背に押しつけ、誤魔化した。
アランは深く息を吐き、手を離す。
重力に従って落とされたケリーは浅く息を繰り返し、銃へと手を伸ばした。
だがケリーの手が届く寸前でアランの足が銃を素早く踏みつけ、遠くへと滑らせる。
悔しげに顔を歪ませたケリーをアランは瞬く間に魔術で捕縛した。
そのままケリーを見下ろし、冷ややかに言い放つ。
「彼女に感謝するんだね。今度僕の目の前に現れたら、容赦はしない」
「あのまま殺せば俺の勝ちだったのに、つくづく俺の邪魔をしてくれる」
ケリーは苦々しいと言わんばかりの声色で吐き捨てた。
青空のような色の瞳が柚子を睨む。しかし先ほどまであったはずの威勢はない。
アランは安心させるように柚子を抱き寄せる。
優しく頭を撫でられ、柚子はますます顔を上げられなくなってしまった。
溢れ出る涙はアランの赤く染まったシャツへと吸い込まれていく。
「
「言われなくてもここから動けねぇよ」
「
「ちっ。抜かりねぇことで」
「それじゃあ、僕たちはこの辺りで失礼するよ」
突然の浮遊感に、柚子は慌ててアランの首に手を回した。
両手でしがみついたせいで、赤くなった目尻を隠すことができなくなってしまう。
柚子は恥じるようにアランの胸元へ顔を寄せた。
ステンドグラスがあったはずの天井から外へと出る。
いつの間にか夜が明けていたようで、暁に空が染まっていた。
礼拝堂の前に着地をすると、ゆっくりと降ろされる。
影になったそこはまだ夜の気配が残っているようで、少し心がそわそわしてしまう。
「……大丈夫?」
その声には普段と変わらない優しさが籠もっており、柚子はまた鼻がつんとした。
無理矢理口を動かし、柚子は頷く。
「はい。アラン様が守ってくださいました。助けに来てくれてありがとうございます」
「いや、守ってもらったのは僕の方だよ。柚子が止めてくれたから、僕は踏みとどまれた」
「それならよかったです」
赤くなった目尻をなぞられ、柚子は先ほどまでの恐怖が嘘のように全身が熱くなった。
ひりひりとしていたはずが一瞬でなくなる。
アランが癒やしてくれたのだろう。
上を向けば、優しげに細められた赤色の瞳と視線が絡む。
「これからも柚子のお菓子、食べさせてくれる?」
「もちろんです」
アランらしい問いに、柚子は思わず頬が緩んだ。
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