第23話「吸血鬼ハンターの役目」
「――やめてっ!」
悲痛な叫びが夜の暗幕に溶けて消えていく。
柚子の声は届いているはずだというのに、ケリーは眉一つ動かさない。
真っ直ぐにアランを見据える青空の色をした瞳は冷酷だ。
たまらなくなり飛び出した柚子はケリーの腕へ抑えるように抱きついた。
二対の目が驚いたように柚子を捕らえる。
金色の瞳が痛みに歪みながらも、心配の色を宿す。
アランの白い洋装は、至るところに赤いシミが広がっていた。
胸を押さえた手の隙間から赤色の液体が漏れ出る。
(酷い怪我……早く手当しないと)
柚子が痛ましいと言わんばかりの顔でアランを見ていれば、上から大きなため息が降ってきた。
攻撃を止めるためにケリーに飛びついたことを思い出し、柚子は急いで両手を離した。
呆れかえったケリーは構えた拳銃を降ろすと、頭を荒々しく掻く。
「こんな時間に何してんだよ」
「それはこっちの台詞よ。ケリー、さっきまで猫を追いかけていたでしょう? なんで人を撃ってるのよ」
「はぁ? 柚子。お前こいつが何者か知っていて庇うのか?」
ケリーの顔に普段の優しさはない。人の良さそうな笑みもない。
あるのはただ、人の心を凍てつかせるような嘲笑だけだ。
侮蔑の眼差しが柚子に突き刺さる。だが、柚子は臆することなく頷いた。
「えぇ」
「そうか。吸血鬼に魅入られたんだな」
「違うわ」
「嘘つけ。吸血鬼は絶対的な悪だ。どれだけの同胞が吸血鬼に殺されてきたと思ってる?」
青色の瞳が嫌悪感に歪む。
それが一般的な反応で、ケリーが正しい。理解はしている。
元々吸血鬼が悪だと柚子も思っていた。
しかし、人を襲わない吸血鬼がいると、知ってしまった。
「アラン様はそんな吸血鬼とは違うわ」
「……はぁ。ならなぜ今、あいつはお前に近づかない?」
拳銃で示され、視線をアランへと移す。
歯を食いしばり、何かを耐えるように眉を寄せている。
荒い息を吐いて玉の汗を滴らせるアランがよろめいた。
柚子は駆け足でアランに近づくと、今にも倒れてしまいそうな彼に抱きつき、全身で支える。
近くで見れば彼の顔は土気色をしており、ひどく痛ましい。
「……柚子」
「はい。ここにおります」
「ここにいちゃ、だめだ。今すぐ彼と逃げて。僕から離れて」
「なぜです。こんな怪我をしているアラン様を見捨てろと?」
「そうだ。僕を置いて家に籠もっていて。そうすれば――っ!!」
どん、と破裂するような音が聞こえたのはその時だ。
アランに抱きすくめられるが、瞬間的ながら激しい音が柚子の肩口を掠める。
焼けるような痛みがずきずきと脈打ち、柚子は声にならない声をあげた。
滲む視界が真っ赤な胸を捉えたが、アランに顔を抱き寄せられて逸らされる。
半身だけ振り返ったアランが、ケリーへ嫌悪を向けた。
「ぐっ……。柚子がいると知りながら撃つなんて……」
「まだ理性が残ってるとはなぁ。柚子の血の匂いは耐えがたいんじゃねーのかぁ? ……しゃあねぇ、あと何発か撃てばあんたも理性吹っ飛ばして柚子を襲うよな?」
「っ、それが目的か」
「目の前で人間を襲う吸血鬼を始末するんだ。なーんも悪いことはしてねぇ、よ!」
銃声がまた響くが、柚子には当たらなかった。
卵の殻のような膜が柚子を囲い守ってくれたからだ。
しかし、自身の守りを捨てたのか、アランの口から血が吐き出された。
銃弾を心の臓に打ち込まれたようで、アランは胸を押さえて片膝をつく。
同時に柚子を守っていた殻も消えてしまう。
柚子は肩の痛みも忘れ、焦燥を滲ませてしゃがみ込んだ。
「アラン様っ!!」
「重症だなぁ、吸血鬼さんよ」
「うぐっ……」
「ケリー!! やめて! アラン様は、誰も襲ってない!!」
「お前、馬鹿だろ。人間を襲ってない吸血鬼なんていねぇよ。ほら見ろ、お前の血に釣られて、そいつ、目の色が変わってんじゃねぇか」
浅く荒い吐息を吐きながらアランは唇を噛み締めた。鋭い犬歯が食い込んだ唇から血が滲む。
柚子が動けずにいると、掻き抱くように両腕を回された。
アランの肩口からニタニタと笑うケリーがよく見える。まるで柚子が襲われることを望んでいるかのようだ。
血が流れている肩口に手を添えられ、柚子は傷みに顔をしかめる。
「次起きた時、僕は、理性が飛んでるから、すぐに……逃げて。巻き込んで、ごめんね」
返事をする前にじんわりと体の芯から温かくなったかと思うと、肩口の傷が塞がった。
痛みもなくなり、柚子が目を丸くした直後、アランは地面へと倒れ込んでしまう。
苦しげに硬く閉じられた瞼に、嫌な汗が止まらない。
「あ、アラン様……?」
柚子はそっとアランの肩を揺らす。しかし反応はおろか、呼吸もしていないように見える。
がつんと頭を殴られたような気分だ。
体中から血の気が引いていき、うまく息ができない。
浅い呼吸を繰り返すも視界は狭まるばかりだ。
アランの顔を隠す銀髪を払い、彼の頬に触れる。氷のような冷たさに視界が歪んだ。
彼の頬から手を離すと、白い肌に赤が散った。どうやら柚子の血がついてしまったらしい。
「ちっ。回復持ちかよ」
「アラン様、アラン様……死んじゃ、駄目です」
柚子の耳にケリーの声は届いていなかった。
しかしケリーは気にすることなく二人の行く末を見守っている。
「つーか回復自分に使わず、柚子に使ったのか。これじゃ襲うことも――お?」
伸びてきた手が、柚子の手首を痛いぐらいに掴んだ。
「アラン様……?」
その手はアランのもので柚子は目を瞬かせた。
僅かな痛みに顔を歪ませるが、その手は離れない。それどころか柚子は力強く引き寄せられてしまう。
逃がさないと言わんばかりに抱きしめられ、体が硬直する。
生きていてよかったと思う気持ちと、柚子の傷みを無視した行動への困惑がぐるぐると頭を巡った。
(あれ、そういえばさっき、アラン様逃げろって……)
当惑したまま少し頭をアランへと向けると、興奮した獣のような獰猛さを孕んだ金色の瞳が見えた。
その目に柚子は映っておらず、首筋にばかり気が向いているようだ。
アランの口が、がぱりと開く。
普段とは桁違いに鋭く尖った犬歯が月明かりに照らされて輝いた。
アランのしようとしている行為に思い当たり、柚子は目を見開く。
困惑のままにケリーへと目を向けるが、彼は素知らぬ顔で柚子達を見ているだけだった。
彼は先ほどの言葉通り、アランが柚子に牙を剥くのを待っているようだ。
「ま、待って、アラン様。駄目です。それをしてしまったら――っうぁ」
鋭い犬歯が勢いよく首筋に突き刺さる。
まるで熱した鉄の杭を打ち込まれたような衝撃が柚子を襲った。
脈打つような痛みが全身に広がり、息をすることもままならない。
浅い息を繰り返していると体から力が抜けていくような感覚が柚子を蝕む。
つま先や指先が痺れ、意識が遠のき始めた。
(あぁ、でもこれで、アラン様が正気に戻ってくださるなら本望だわ)
銃声が遠くで聞こえ、乱暴に引っ張られる。
霧がかった思考と視界では自身の身に何が起こったか理解できない。
ただ、心地のよい体温が離れてしまったことだけが、胸の底に沈んでいった。
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