第16話

「グレン、少し話がある」

出発前の軽い訓練中、カナリアは隣で剣を振るうグレンに声をかけた。

「ん? どうかしたか?」

振り向いたグレンに、カナリアは真剣な面持ちで続けた。

「今日の討伐だけど――訓練の一環として、できれば魔法を使わずに戦ってみてくれないか」

「……本気で言ってるのか、カナリア?」

グレンは一瞬、目を見開いた。ギルドから下された任務は、ゴブリンの巣の殲滅。相手が一体ならまだしも、巣には複数体が潜んでいる可能性が高い。奇襲や罠も考えられる。魔法無しで挑むには、あまりにも危険だった。

「もちろん、私がサポートする。絶対に君たちを危険に晒したりはしない」

カナリアはまっすぐグレンを見つめ、言葉に力を込めた。

しばしの沈黙ののち、グレンは息を吐いて肩をすくめた。

「……わかったよ。カナリアがそう言うなら、何か意図があるんだろうしな。俺も、強くなりたいって思ってる。なら、やってみるさ」

彼の手には、依頼書とともに添えられた似顔絵があった。さらわれた子どもの顔――それを見つめるグレンの瞳は、どこか痛みを宿していた。きっと、街外れの孤児たちを重ねているのだろう。

「グレン、ひとつ助言をしてもいいか?」

「なんだ?」

「君は敵に向かうとき、膝が伸びていることが多い。堂々と見せようとする意識が働いてるんだろう。でも、膝を伸ばせばそれだけ動きは鈍る。構えが甘くなるんだ」

「……なるほどな。癖ってやつか」

「君は、自分を大きく見せる必要なんてない。守りたいものがあるなら、無理に強そうに見せるより、動ける構えを取るべきだ」

カナリアの言葉に、グレンは小さく笑ってうなずいた。



四人は、ゴブリンの巣と思しき岩穴の前までやってきた。昼間ということもあり、外には敵の姿は見えない。だが、目を凝らすと、穴の奥――その闇の中で、何かが蠢いているのが分かった。

「……入り口付近に十体ほど、でしょうか」

ロイが数えながら呟いた。

「よく見えるな。俺には動いてるのはわかっても、数までは無理だ」

グレンが感心したように言う。

「入口に十体ってことは、奥には三十はいるな。依頼書の内容より随分規模が大きい」

カナリアはそう言って、顎に手を当てる。

「そうだな……せめて入り口のやつらは事前に片付けておきたいところだ」

グレンの言葉に、カナリアはふとロイの方へ視線を向けた。

その様子にロイは察したように小さくため息をついた。

「えっと……カナリアさんって、そういう顔をしてるときって大体、あんまり良くないこと考えてるって、最近僕、気づいてるんですよねぇ」

「まぁ、そうかもな。ロイ、囮になってくれ」

「やっぱりーーーっ!!」

怒鳴ったのはユリだった。

「ちょっと待って! ロイは戦えないんだよ!? 浄化魔法しか使えないのに、囮って何考えてるの!?」

「だからこそ適任だ。浄化魔法を自分にかけながら走れる者はそういない。逃げ足も速く、持久力もある」

カナリアはあくまで冷静だった。

「そうやって人のこと……使い捨てみたいに言って……!」

ユリの声が震える。

だがそのとき、ロイが一歩前に出た。

「……やります」

ユリが驚いてロイを見た。ロイは真剣な表情でカナリアを見つめる。

「確認します。僕は、自分に浄化魔法をかけながら走って、ゴブリンを引きつければいいんですね?」

「そうだ」

カナリアが頷く。

「自分に……浄化魔法……? どういう意味、ロイ?」

ユリが戸惑う中、ロイは彼女に笑顔を向けた。

「いつも通りですよ」

「ロイが引きつけたゴブリンを、私とグレンで一掃する」

カナリアが淡々と続ける。

「巣の奥から次々と湧いてくる前に、最初の十体は確実に削る。大事な役目だ」

「カナリアさんに特訓してもらった日よりは、怖くないです」

ロイは軽くジョークを交えて笑い、靴紐を締め直した。軽く屈伸し、呼吸を整える。

その様子を見ていたユリが、小さくため息をつきながら言った。

「……で、私は何すればいいわけ?」

「ロイが走って戻ってくる地点に待機してくれ」

「……わかった」

ユリは目を閉じて深呼吸したあと、ゆっくりと巣穴の方へと視線を向けた。

「子どもが攫われてるんだもんね。文句ばっかり言ってられない」

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