第15話

カナリアの脳裏に、数日前の総神父との会話がふとよぎる。

「……あれほど動くなと申したのに、戦闘に出ているようですね、カナリア様」

静かな声で告げられた言葉に、カナリアはどこか気まずげに視線を逸らす。

「休めば休むほど、体も心も鈍っていく気がするんです。傷口には、鍛錬がてら浄化魔法をかけています。問題はないはずです」

「……確かに、回復はしていますね。しかし、それでも少しは安静にしていただきたいものです。あなたは“自然の理”に逆らった身なのですから」

総神父は困ったように微笑む。その口元の奥からのぞく赤髪は、カナリアと同じ色をしていた。深く被った教帽と、厳かに揺れる白のローブが、その面影を淡く覆い隠している。

「……総神父様がこの街に居てくださるから、私はここに留まっていられるんです」

そう口にしたカナリアに、神父はふと表情から笑みを消し、静かに視線を向けた。

「正直に申し上げましょう。私は、あなたが私と同じ“人間”だと思っていた。……ですが、また魔王討伐へ向かうつもりなのですね」

「はい。与えられた役割を果たすためです」

その言葉に、総神父の眉がわずかに動く。

「まるで……私がその“役割”を果たせなかったと言いたげですね」

「どう思われても構いません。ですが――この世界には、必要なのです。勇者も、そして魔王も」

淡々と告げるカナリアの声音に、神父は目を伏せたまま、胸元にかかる銀のネックレスをそっと手で握った。それは逆さまにしたリコリスの花紋章。

「……そうですか。ご自身を犠牲にしても貴方は世界を救うというのですね」

しばしの沈黙ののち、神父は静かに祈りを捧げた。

「どうか、アベリア様のご加護があなたにありますように」




翌朝。事情を聞いたロイは、目を丸くして声を上げた。

「えぇぇ〜!? で、今もずっと険悪なんですか!?」

その日も、定例の訓練と討伐任務が組まれていたが、集合場所には明らかな緊張感が漂っていた。

カナリアがユリに軽く声をかけるも、ユリは完全に無視を決め込んでいる。目も合わせようとせず、そっぽを向いたままだ。

ロイはオロオロしながら二人の間に割って入ろうとして、グレンに制される。

「……仕方ねぇな。おい、ユリ、カナリア。とにかく今日は任務だ、出発しよう。依頼を受けた以上、無視はできねぇだろ」

グレンの声に、ふたりは不本意そうに顔を背けながらも黙って頷いた。

「今回の討伐はゴブリン退治だ。最近、街のすぐ近くに巣を作ったらしくてな。どうやら子どもが一人、連れ去られたらしい」

そう言ってグレンが依頼書を広げると、カナリアがそれを覗き込み、補足した。

「この位置……見覚えがある。以前、水モグラが掘っていた岩穴の付近だな。確か、地盤が緩く、迷いやすい構造になっていたはずだ」

「最近は街の周りに出る魔物の質が上がってる。気を抜くなよ。下手すりゃ、こっちがやられる」

グレンの声に、一同が無言で頷いた。

気まずさを抱えたまま、それでも彼らは街の子どもを救うべく、足を踏み出した。

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