第12話
日が傾き、風が少し涼しくなり始めた頃。
グレンは持ってきた本も食べ物も、すべて子どもたちに渡し終えていた。空っぽになった袋を肩に提げ、彼はそのまま子どもたちと笑い合い、他愛のない遊びに加わっていた。
夕日が落ちかける頃、ようやく子どもたちの遊びも一段落し、ふたりは少し離れた木陰に腰を下ろした。
「……カナリア、疲れたか?」
グレンが苦笑しながら尋ねると、カナリアは首を横に振った。
「いや、大丈夫だ。それより……子どもとあんなふうに遊んだのは初めてだったから、少し驚いてるだけだ」
その表情はいつもの硬さが和らぎ、どこか穏やかだった。グレンはその顔を見て、迷っていた言葉をようやく口にする。
「俺さ……妾腹なんだ。本家には兄貴が何人もいて、居場所なんてなかった。だから子どもの頃に家を追い出された」
「そうか。兄弟が多いというのも、大変なんだな」
「カナリアには、兄弟はいないのか?」
「いない。……正確には、私を産んだ時に母が亡くなってる。だから、最初から“ひとり”だった」
そう語るカナリアの膝に、ひとりの少女がそっと座ってきた。小さな手に握られていたのは、先ほどカナリアが買った建国神話の本。
「読んで、ってことか……」
そう呟いて少女の頭を軽く撫でると、カナリアは本を開き、小さな声で物語を読みはじめた。
その様子を見守りながら、グレンはふたたび口を開いた。
「俺が追い出された先は、渓谷の近くにある田舎だった。景色が綺麗な場所でさ……でも、モンスターに襲われて、一晩で全部、なくなった」
カナリアは本を読みながらも、グレンの言葉に耳を傾けていた。
思い浮かぶのは、かつて自分が救えなかった村々。その焦げた匂い、崩れた家々、消えた命。
「そのあと、この街に難民として来た。けど、住む場所がないってことで、この街外れに追いやられてさ。俺は一度だけ本家に戻されたけど……まあ、案の定すぐに追い出されたよ。今は近くの宿屋で細々と暮らしてる」
「……つまり、ここが一番危ないんだな。もし、また魔物が来たら」
「ああ。だから、ロイに頼んで定期的に浄化魔法をかけてもらってる。俺は金を持ってきて土産を買うくらいしかできないけどな。……しかもそれだって、結局は本家から送られてくる金でさ。情けない話だよ」
「情けなくなんかない。使えるものを使って、子どもを守ってる。……それは、立派なことだ」
グレンは少し照れたように笑って、膝の上の紙袋を指でいじった。
「……いつかさ、ここにいる皆を俺の力で守りたいんだ。そのために、冒険者としてもっと強くなりたいと思ってる」
「辺境騎士団の冒険者枠を狙ってるのか?」
「あぁ。家には頼れないし、自分の道は自分で切り拓かないとな。カナリアに指導してもらえるって聞いた時、正直、救われたよ。渡りに船ってやつだ」
「そうか……」
「ま、実際のところは実績もないし、周りの冒険者からは『貴族様の冒険者ごっこ』って馬鹿にされてるけどな。ははは……!」
大袈裟に笑って見せるグレン。しかしその顔を見つめるカナリアの表情は、真剣そのものだった。
「……俺がどう言われようがどうでもいい。そんなこと、屁でもない。ただ、俺は――ここの皆を守れる自分でありたいんだ」
グレンがまっすぐにそう言うと、カナリアは一呼吸のあと、ゆっくりと力強く頷いた。
「あぁ。わかった」
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