第11話

「……で、ロイは来ないのかよ」

街の本通りを歩きながら、グレンは肩をすくめた。どこか呆れたように、けれど悪くはなさそうな笑みが浮かんでいる。

「教会の掃除当番をすっぽかしたらしい。今ごろ、神父にお説教でも受けてるんだろうな」

カナリアが淡々と告げると、グレンは「アイツらしいな」と苦笑した。

「今日は本を買いに行くと聞いている。何を買うつもりなんだ?」

そう尋ねると、グレンは空を見上げながら少し考えてから答えた。

「そうだな。聖書の読みやすい版と……できれば絵付きの物語なんかが手に入ればってところだ」

「なるほど、勉強用か。……悪いが、本はあまり詳しくない。荷物持ちくらいなら手伝えるが」

「へぇ、カナリアさんでも本は苦手か?」

「“さん”はいらない。……貴族の教育は受けたが、幼い頃から剣の修行ばかりだったんだ」

ぽつりと漏らすカナリアの言葉に、グレンは肩の力を抜いて笑った。

「それなら俺と似たようなもんだ。俺も難しい字はさっぱりでな」

そうして談笑しながら歩いているうちに、二人は目的の店へとたどり着いた。本屋といっても小さな路地裏の古本屋。木の扉には色あせた布がかかっており、扉を開ければ鈴の音がかすかに鳴る。

「いらっしゃーい」

店の奥から覇気のない声が聞こえた。姿は見えない。どうやら店主は座ったまま動いていないらしい。

「ここ、貴族が手放した本や、もう読まれなくなった本が回ってくるんだ。新品は高くて手が出ないけど、こういう店ならまだ何とかなる」

グレンがそう言って一冊の本を手に取ると、埃を払いながら値札を確認する。カナリアも試しに一冊を手に取ってみた。

「……安い、が、金は足りるのか」

「あぁ、ここの本は安いよな。でも庶民にはそれでも高い。……まぁ、言ってなかったかもしれないけど、俺も一応“貴族籍”なんだ」

カナリアは少し驚いたようにグレンを見た。

「貴族、なのか?」

「ああ。ただし、本家には戻れない“訳あり”だ」

店内には紙の匂いと、古ぼけたインクの香りが満ちていた。棚には読み古された聖典、語られなくなった神話、そして何かを語りかけてくるような物語の断片が静かに並んでいる。

グレンは店内の古びた本棚を物色しながら、目当ての本を何冊か手に取ると、店主に金を払って購入した。その隣では、カナリアが一冊の本を手にしてじっとページをめくっている。

「……それ、恋愛小説じゃないか?」

思わずグレンが顔を覗き込むと、カナリアはごく自然な顔で頷いた。

「あぁ。父の書斎にも教会の書棚にも、こういう空想の物語はなかったからな。少し読んでみたが……面白いものだな」

グレンは吹き出しそうになるのをこらえて、苦笑した。

「へぇ、可愛い趣味してるんだな、カナリアも」

「可愛いかどうかは知らんが、内容はしっかりしてたぞ。騎士が姫を助ける展開とか……まぁ、色々と参考になる」

「なにに参考にするんだよ……」

二人はそんな他愛もない会話を交わしながら古本屋を後にした。外に出ると、グレンは手慣れた様子で市場へ足を運び、果物や干し肉、パンなどを次々と買い込んでいく。

カナリアも当然のように荷物を分担して運んでいたが、さすがに尋ねずにはいられなかった。

「こんなに買い込んで、どうするつもりだ?」

「ん、ちょっと着いてきてくれ。すぐだからさ」

そう言ってグレンは、オラシア街の外縁部――モンスター避けの鉄柵の方へと足を向けていった。

カナリアは無言のまま彼のあとをついていく。鉄柵の外へ出るというだけで、少なからず警戒はする。だが、グレンはちらりとこちらを振り向いて、安心させるように笑った。

「大丈夫。ここらはロイが定期的に浄化してくれてるんだ。今週も魔法かけたばっかりで、モンスターは近づけない」

カナリアは小さく頷いて足を進める。やがて、街の外れの空き地に出たそのときだった。


「――あっ、グレン兄だ!」


わらわらと駆け寄ってきたのは、まだ幼い子どもたちだった。十人にも満たないその子どもたちが、笑顔でグレンに抱きつく。

「グレン兄、このひとだれー?」

「グレン兄ちゃんが恋人連れてきたぞー!」

「わああああっ、きゃー! ちゅーしろー!」

「はいはい、うるさいうるさい! こら、カナリアを困らせるんじゃない!」

カナリアは少しだけ目を丸くしていたが、子どもたちの無邪気さに呆れ半分、微笑み半分といった顔をしていた。

「ほら、お土産持ってきたぞ。順番に並べー!」

グレンが持っていた袋から、りんごや干し肉を取り出すと、子どもたちは一斉に「はーい!」と元気に手をあげたのだった。

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