第7話

ぐぅぅぅぅぅ……。

 それはもはや、大蛇の鳴き声かというレベルだった。

 ――が、正体はユリの腹の虫である。

「……うぅ、今日、まともにご飯食べてないんだった……」

報酬を断ってカッコつけた結果、自分の財布の中はスッカラカン。試しに腰袋を探ってみると――カラン。入っていたのは、哀れな銅貨1枚だけだった。

「……やっぱりね」

 はぁぁ……と、大きなため息。ついでにもう一回、お腹が鳴った。

「しょうがない、もう……自給自足だよね……!」

ユリは街の外れにある柵を軽くよじ登り、慣れた足取りで裏手の雑木林へと入っていく。

昼間は討伐と反省でバタバタしていたけど、こんなときは地元育ちの野生感が頼りになる。

「……あったあった、フィエラの実」

選んだ木には、赤々とした果実がたっぷり実っていた。

この実、未熟だと泣けるほど苦いが、月光を浴びたものは甘くて栄養価も高い。冒険者の間でも“夜のおやつ”として密かに人気だ。

ユリは念のため、周囲に魔法を展開する。


「《盾陣・四環》……よし、異常なし!」


そして、ひとつのフィエラ果をもぎ取ると、かぷっとかじった。

「ん~~~っ、あんまぁ~~~……!」

幸せそうに頬を緩めながら、ふと視線を枝の先に向けた――そのときだった。

「……ん? あれ、なんか……枝に、でかいのが……」

それは月光に照らされて、うっすら黒く光っていた。最初は枯れ枝かと思った。でも、よく見ると形が“人っぽい”。

「えっ……え? ……人!?」

思わず声を上げた瞬間、それはずるりと枝から滑り落ちた。

「わわわっ!? ちょっ、待って待って!」

慌てて木から降りて駆け寄ると、倒れていたのはボロボロの人物だった。服は破れ、全身泥と血まみれ。後頭部からも血が滲んでいるように見える。

「うそ……こんなところで、誰!? ていうか、生きてる!? やばいやばいやばい……!」

軽くパニックになりながらも、ユリはどうにか呼吸があることを確認した。

「と、とにかく連れて帰らなきゃ……! 治療、治療……! もう! なんで私がこんな目に~~~っ!」


泣きそうになりながらも、ユリはその人影の腕を引っ張り、街の外れ――自分の家へとずるずる引きずっていくのだった。




明け方。


空が青金色に染まりはじめた頃、カナリアは静かにオラシアの教会の前に立っていた。

町の中心にそびえる白亜の建物。荘厳な鐘楼の下、神聖な空気が漂っている。

(体の調子が戻ったら、また冒険に出なくては……)

そんなことをぼんやり考えていた――そのときだった。

 「カナリアさーーーん!」

教会に似つかわしくない大声とともに、ドドドドッ! と足音が迫ってくる。

振り返ると、必死な顔で手を振りながらロイが全速力で駆けてきていた。

 「こら、教会では走るな。聖域だぞ」

案の定、すれ違った神官たちに一斉に怒鳴られていた。

「ご、ご、ごごごめんなさいぃぃ〜〜〜っ!!」

盛大に謝るロイ。ちょっと涙目だ。

「焦るなって。ちゃんと待ってるから」

「は、はいぃ……! 呼び止めたのに遅れたらまずいって思って……つい……!」

肩で息をしながら、ロイはそれでもまっすぐこちらを見ていた。

「で? どうした。そんなに慌てて」

「……あのっ、ぼ、僕を……鍛えてほしいんですっ!」

声が裏返るほど必死な訴えに、カナリアは思わず苦笑した。

ロイを近くの長椅子に座らせ、ぽんぽんと背中を叩いてやる。

「落ち着いたか?」

「僕、まだ“信譜士”で、教会だと“神官見習い”なんです。弱いのに、冒険だけはしたくて……でもこのままだと、足手まといになるばっかりで……!」

早口にまくし立てるロイの手は、膝の上で強く握られていた。

「なるほど。つまり、お前なりに……本気ってことだな」

カナリアがそう言って口元に笑みを浮かべた、そのとき。

「カナリア様、お待たせしました」

奥の扉が開いて、荘厳な声が響く。オラシアの総神父が、教会奥の応接室からカナリアを呼んでいた。

「……ん。そろそろ診断の時間みたいだ」

「えっ? ど、どこか悪いんですか!?」

「いや、ただの定期健診だよ」

「……あ、なるほど……」

ロイが安心したように息を吐いたのを見て、カナリアは軽く立ち上がる。

「神父様の話が終わったら、鍛えてやる。時間はあるか?」

「はいっ! もちろんです!!」

キラキラした目で答えるロイを見ながら、カナリアはそっと小さく笑った。

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