第6話

「初期指導、おつかれさん」


ギルドマスターは渋い顔で戦績報告をぱらぱらとめくりながら、ため息まじりにそう言った。

「まさか街のすぐ近くでネクロバイパーが出るとはな……完全に想定外だったぜ」

「はぁ……でも、倒せてよかったです……」

ロイが肩の力を抜いて大きく息を吐く。

その隣で、グレンも無言のまま顎に手をやり、ユリは押し黙って目を伏せた。

カナリアの脳裏には、蛇の断末魔にまぎれて逃げた――あの一体の頭の影がこびりついていた。


(……仕留め損ねた)


あれはまだ、どこかに潜んでいる。

あれが人を襲えば、飲み込むまで一瞬だ。人間なんて、水モグラよりずっと小さい。


ギルドマスターは重くなった空気を断ち切るように、わざとらしく咳払いをした。

「ま、とりあえず。討伐済みの個体については換金終わってる。みんなで山分けしな」

どん、と机に置かれたのは、ぎっしりと詰まった大きな袋。

中身は銅貨、ざっと200枚ほど。

「よっしゃぁー! 今日はほんと頑張ったからな!」

グレンが袋を両手で抱えたまま、その場で小躍りする。

ロイが指折り数えながら、袋の中を覗き込んだ。

「えっと……ひとり50枚ずつ、ですね。僕、数えます!」

だが、その手をカナリアがすっと止めた。

「待って。私の分はいらない」

「えっ!?」「えぇ!?」

グレンとロイが声を揃えて叫ぶ。

「指導料はもうギルドからもらってる。それで十分だ。これは君たちで分けてくれ」

静かに言い切るカナリア。だがそのとき、ユリがピクリと眉を動かした。

そして――

「……あたしも、いりません」

「は!?」「またかよ!?」

グレンが思わず身を乗り出す。ロイは、口を開けたまま固まっている。

「だって……今日のは、ほとんどカナリア様の力だったでしょ。あたしたち、足を引っ張っただけじゃない。そんな報酬、嬉しくないし」

ユリの視線が、じわりとグレンとロイに突き刺さる。

「それ、本気で受け取るつもりなの?」――そんな台詞が聞こえてきそうな目だ。


「……私は、君たちのサポートをしただけ。倒したのはチームだ。だから、報酬は当然君たちがもらうべきだ」

「……それでもあたしはいらないって言ってるの」

そう吐き捨てるように言い、ユリは踵を返してギルドを出ていった。

ドアがぱたんと閉まった後、室内には少しの間、気まずい沈黙が流れた。

「す、すみません……ユリさん、ああ見えて真面目すぎるとこがあるんです……」

「……悪気があるわけじゃないんです」

気まずそうに視線を泳がせるグレンとロイに、カナリアは少しだけ目を細めて頷いた。

「ああ。わかってるよ」

口調は低く落ち着いていたが、その目は、さっきの蛇の頭のことをまだ追いかけているようだった――。

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