第5話
「このパーティ、課題が山積みだな……」
モグラの解体を進めながら、カナリアはちらりとグレンを見た。
「……だな」
グレンも手を動かしてはいるものの、カナリアが三体解体している間に、彼は一体すら終わっていなかった。
その横で、ユリが地面を見つめていた。眉間にしわを寄せ、表情は冴えない。
「さっきの地震、気になるわね……」
カナリアは何も返さなかったが、遠くを見やる視線が一瞬だけ鋭くなる。
ユリはその沈黙に納得がいかないのか、警戒を緩めぬまま、そっとロイの隣に腰を下ろした。
「おーい、お前らも手ぇ動かせ! 全部俺とカナリア任せかよ!」
グレンが苛立ったように声を上げる。
「仕方ないでしょ。私の盾じゃ刃が立たないし、ロイは浄化しかできないし」
ユリが肩をすくめて返す。
「そのへんも含めて鍛え直しだな」
カナリアはモグラを一刀両断しながら呟く。
「そうですね……」
カナリアはユリに視線を向ける。
「無理して敬語使わなくていい。口調、浮いてるぞ」
その言葉にユリはわずかに目を見開いたが、すぐに目を逸らしながら「……はーい」と投げやりに返した。
「さて、と。これ全部片付けたら、今日は終わりだな」
カナリアがそう言いかけた、その瞬間だった。
──ずるっ。
まだ切り終えていなかったモグラの死体が、ピクリと震えた。
誰よりも早く異変に気づいたカナリアが声を上げる。
「伏せろッ!!」
叫び声と同時に、土煙が舞い上がる。突如として地面から、巨大な黒蛇が頭をもたげた。
ぬらりと現れたその体躯は、まるで小屋ひとつ分の大きさだ。
「うっそ……なんで大蛇なんかがこんな場所に!?」
ユリが盾を構えながら後退する。
「理由は後回しだ。やるぞ」
グレンが即座に大剣を構える。
「む、無理ぃ〜〜!」
ロイが泣きそうな声をあげながらユリの後ろに飛び込んだ。
大蛇──中級モンスター《ネクロバイパー》。本来、街の周辺に現れるようなレベルの存在ではない。
「グオオオオオッ!!」
唸るような咆哮が響き、大蛇は頭を振り上げて突進してくる。
カナリアは迷わず跳び出す。
「《断罪の火刃(フレアブレード)》!」
紅蓮の軌跡を描きながら、彼女の魔力が剣を模して蛇の胴体を斬る。
その切断された部分から、まるで水が溢れるように新たな頭部が生えてきた。
そのうちの一体がユリに襲いかかる。ユリはなんとか防ぐが、打ち返すには力が足りない。
「くっ……このっ、鈍いっての!
カナリアが叫ぶ。
「ロイ! ユリの後ろから《浄化の光矢(ピュリファイアロー)》を撃て!」
ロイはびくびくとしながら、後ずさりしつつ魔法陣を描く。
「敵見えないですぅ……!」
彼は転倒し、魔法は外れた。
そこへ襲いかかるもう一つの蛇の頭。それを、グレンが無理やり間に割って入り斬り払う。
だが、またもや新たな頭部が生える。
「もう、やめてよっ……!」
ユリの防御が限界を迎えた。咄嗟にユリは身構えた。次の瞬間、彼女の視界の端を、火の奔流が駆け抜ける。
「《煉光浄滅(カタストロフ・レイン)》っ!」
聞こえた声に、ユリの全身が硬直した。
その魔法は、確かに浄化系──ロイしか扱えないはずの術式のはずだった。
「……えっ、うそ……?」
驚きに目を見開いたユリは、思わずその方向を振り返った。
戦場の空気が熱で歪み、火柱の合間から、魔力を込めたカナリアの真剣な眼差しがこちらを射抜くように向いていた。
「《終焉の祈火(タナトス・フレア)》──!」
断面に撃ち込まれた浄化魔法が炸裂する。
炎と浄化の光に包まれた大蛇は、最後に悶えるように頭を振り──ついに、完全に沈黙した。
ユリは、その場にへたり込んだ。盾を握る手に力が入らない。
「……なんで……浄化魔法なんて……」
呟いた声は、ユリ自身の胸の奥に沈んでいった。
《終焉の祈火(タナトス・フレア)》が直撃し、蛇の動きが止まった。やがて、巨大な肉塊が崩れ落ちるように地面へと沈んでいった。
「終わった……」
グレンが息を吐いた。
ユリは呆然とカナリアを見上げていた。
その目は、畏怖とも尊敬ともつかない、複雑な色を宿していた。
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