第4話 自給自足の知恵と小さな成功 -1
翌朝、健一は鳥たちの穏やかなさえずりによって覚醒した。
深い森の静寂と、窓から差し込む新鮮な空気が室内を満たし、前世とは異なる、心身ともに爽快な目覚めであった。
都市の喧騒から解放された朝の清々しさに、健一は深く息を吸い込んだ。
体中に新しい生命力が満ちていくのを感じた。
彼の心は、まるで生まれたての赤子のように、純粋な好奇心に満たされていた。
リルルと共に森へ出かけ、最初の課題である食料の探索に臨んだ。
リルルの案内により、安全に食することのできる木の実や野草を採取したが、種類は限定的であり、量も不十分であった。
森の奥深くまで進むが、見慣れない植物ばかりで、どれが食べられるのか判断に迷うこともあった。
リルルが指し示す植物は、健一の知るものとは全く異なっていたが、彼女の言葉には確かな信頼があった。
健一の几帳面な性格は、既に安定した食料源の確保を求めて行動を開始していた。
「これだけでは心許ない」
健一は語った。
「やはり、安定した食料源が不可欠である」
彼の目は、周囲の環境を冷静に分析していた。
どこに水があり、どのような植物が生えているか、注意深く観察する。
彼は、総務部で培った情報収集能力と分析力を、この異世界での生活に自然と応用していた。
小屋の近傍に小川を発見すると、健一は創造魔力を用いて石を加工し、簡便な竈と、水を沸かすための石鍋を製作した。
手のひらから淡い光が放たれ、硬質な石がまるで粘土のように形を変えていく。
その感触は、彼にとって新鮮であり、同時に懐かしい日曜大工の感覚を呼び起こした。
「この魔力は、日曜大工の延長のような感覚であるな」
健一は独白した。
「総務部で簡単な修繕や備品製作も行っていたが、この力があればさらに多様なものを製作できる」
前世の経験が、異世界で予期せぬ形で役立つことに、健一は静かな喜びを感じていた。
採取した野草を煮込み、味見をする。
「…うむ、悪くない」
健一は頷いた。
「これならば何とかなるであろう」
素朴な味ではあったが、自身の手で得た食材を調理する喜びは、何物にも代えがたいものであった。
一口ごとに、彼の心に温かい満足感が広がっていく。
それは、前世の豪華な食事では決して味わえなかった、純粋な充足感であった。
◆◇◆
小川で魚影を視認すると、健一は創造魔力を用いて小枝を加工し、前世の釣り知識を応用して簡素な釣竿を製作した。
最初はうまくいかなかったが、試行錯誤の末、数匹の魚を釣り上げた。
水面に反射する陽光が、彼の顔に輝きを添える。
魚が跳ねるたびに、健一の顔にも笑みがこぼれた。
「よしっ!」
健一は声を上げた。
「これでしばらくは食いつなげられるな」
焚き火で魚を焼くと、香ばしい匂いが森中に広がった。
久しぶりに自身の手で得た食事に、健一は深い満足感を覚えた。
それは、高級レストランの料理よりも、はるかに豊かな味に感じられたのである。
自分の力で生きているという実感が、彼の心を強くした。
彼は、この自給自足の生活の中に、前世では見つけられなかった生きがいを見出し始めていた。
几帳面な性格が発揮され、健一は小屋の周囲の雑草を抜き、簡便な畑を耕し始めた。
土に触れる感触、土の匂い。
前世のミニトマトを栽培していた頃の穏やかな気持ちが蘇る。
土を耕すたびに、彼の心もまた耕されていくようだった。
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