第9話
私の話を嗅ぎつけてか、店長からも誘いがあった。
萎れて脂ぎったおじさんが、現役学生の私を抱こうだなんて、意地汚い話だ。
さすがに、リベンジのためだけとはいえ、私にも許容範囲がある。
断った。
だが、このバイト先で彼を本当に浮かす…沈めるなら…とも思ってしまった。
それで終焉は迎えられる。
私が店長に吹聴して、あのクソヤローを…とも考えてしまった。
しかし、海周くんのこともあった。
あれは忘れられない夜になった。
背徳と、快楽の絶頂だった。
上回ることは無いだろう、だからこそ、断った。
休憩中に肩を抱かれたこともあった。
私から誘うのは良いが、これは違う。
そうはっきり思った。
レジ袋が切れそうだから、という理由でバックヤードに行くと、また店長がいた。
しつこい、さすがにイライラとした。
空調も効いていない。
湿った匂い、窓のないバックヤード、不快指数を高めるばかりのこの環境に嫌気がさした。
私が首筋に薔薇を送った相手たちは、何事もなかったかのようにクソヤローに相変わらず話しかけていた。
もうほとんど全員が私と関係を持った人間であるにも関わらず、だ。
浮かせたはずなのに、気づけば馴染んでいた。
それが心から不快でたまらなかった。
早く、この不快感から抜け出したい。
私は、私のままだ、瓦解した、ただその状態の中にいる。
だが、私も四回生だ。このままどこかバイト先を探したって、雇ってくれるところはそうないだろう。
私は孤独ではないはずなのに、やはり孤独さを感じた。
これでは、自分がなにをしてきたか、さっぱりわからないじゃないか。
どんどん私だけが浮いていく。
でも、辞められない。
もう少しこの空気に浸っていたい。
日焼けでヒリヒリしたような、この肌感、化粧水でも保湿しきれないかのようなこの空気感。
日焼けした肌に染みていくような痛み、今の私からこの快楽をとったら───。
それに、何より「ごめん」と言わせることができていないこの現状。
彼女は辞めた、耐え切れなかったからだ。
私はどうだ?辞めてしまえば、何か変わるのだろうか。
このドラッグストア特有のアルコールのようなツンとした匂い、バックヤードの湿った匂い、男たちから感じる、私といた時の匂い───。
心地が悪いわけではない。
それならやはり、私も彼と同じように、沈んでいくのが良いのだろうか。
───閉店作業中、もうエアコンと、換気扇の唸る低い音と、薄暗くなった照明の中で私はレジ金の締めをしていた。
深い、深い川底にいるかのようだった。
音を立てて沈み、ぼこぼこと、私の呼吸の音だけが聞こえてくるような感覚だった。
するとまた店長が声をかけてきた。
不快だ。
もう私のことは放っておいてほしい。
川の底で、目を閉じたい。
そう思うと涙が溢れてきた。
彼が、私が、あの夜踏み違えてさえいなければ、こんな惨めな思いはしなくて済んだのかもしれないのに。
何もかもが辛かった。
締め作業が終わり、スタッフルームへと戻ると海周くんが座って待っていた。
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