第9話 現当主による恐怖心

 コンコン


「父上、お呼びになられたとの事でしたので、ルーク参上致しました」

「入れ」


 父上の書斎に来た俺は入室の許可をとり、中に入った。ちなみにヴァルは俺の部屋に置いてきた。今言うのは得策じゃないからな。


「では、なんの御用件かお聞きになっても構いませんか」

「ああ……初めは、お前のような勉学にしか取り柄のない出来損ないなどこのゼフィルス家には必要がないと思っていたのだが…」

「……」

「先程の殺気は貴様か?」

「……、ぐっ?!」


 突然、とてつもない恐怖心にさいなまれ、立っているのもやっとな程の威圧感に俺は思わず気圧けおされた。


「…ほう、この恐怖に耐えるか」

「ぐっ…くっそ…」


 俺はこの恐怖を知っている。この世界に来てからは初めてだが、これは俺が作った力の一つによるものだ。


 それは、"波紋はもん"


 波紋とは、体内に流れる生命波動を外に放つ力だ。生命波動は誰でも必ず持っている力。しかし、感じ取るのとは話が別。よくこの世界では、生命波動を、知覚は天才、放出は異才、制御は鬼才と言われている。


 そして、この男、ゼフィルス家現当主ジークフリート・フォン・ゼフィルスはまさしく鬼才である。


 波紋はそれぞれ能力が異なる。この男の能力は"恐怖"。この男の生命波動に当てられたものは膨大な恐怖心を味わうことになる。


「…フッ、いいだろう。俺はお前を勘違いしていたようだ。貴様には常人とは何か違うものを持っているのかもしれぬな」

「はぁ、はぁ。ではもう退出してもよろしいでしょうか」


 とにかく俺は早く退出したかった。そう思いながら父上に問う。悔しいが今の俺じゃあこの男の足元すら遠すぎて見えないほどの差が開いている。たかが波紋の一端でこのような有り様になっているようではな。だが、いつか殺してやるという強い決意を込めて。


「いや、待て。勘違いとは言ったがまだ信じきれていない部分もある。そうだな。明日、お前には決闘をしてもらう」

「決闘、ですか?」

「ああ、己の力で出来損ないではないと証明して見せろ」


 ククク、相手次第だが好都合だな。ルークの顔が緩む。顔に出ているかもしれないなと思いながらも止められない。


「ええ、俺は構いませんよ」

「随分余裕そうだな」

「余裕、という訳ではありませんが、俺の良い踏み台となって下さることを期待しているだけですよ」

「ククク、それでこそ我がゼフィルス家だ。よし、ではお前の対戦相手はユリウスとする」

「承知しました」


 ユリウス・フォン・ゼフィルス。俺よりも三歳年上の兄。実力は可もなく不可もなくと言った感じだ。だだ、勘違いしてはいけないのがその基準がゼフィルス家である、ということだ。先程気絶させたゴミは除くが、ゼフィルス家は全員が全員、確かな才能を持って生まれる。その中での"可もなく不可もなく"である。


 しかし、だからなんだって感じだ。

 俺からすればどいつもこいつも俺の踏み台でしかない。俺の野望を叶えるための。最強に近づくための。


「では、失礼いたします」


 俺はそう言い、ジークフリートの書斎を後にした。



 ◇



 ジークフリート・フォン・ゼフィルス


 ゼフィルス公爵家 現当主であり、大陸最強の称号を持つ正真正銘の怪物。


 約30年前、ゼフィルス家が長年尽力して支え続けている国 エーテリオン帝国の魔物暴走スタンピートによる滅亡の危機を救った5人の英雄 "星冠せいかん五傑ごけつ"、ジークフリートはその一人である。

 星冠の五傑とは、現在の皇帝と四大公爵家の現当主たちである。つまり、この五人たちが最強の称号を手にしている訳だが、その中でも特に最強とうたわれたのがジークフリート・フォン・ゼフィルスである。


 ルークはこの男を倒さなければ己の野望を叶えることができないのだ。


「ククク、いつか俺もあの境地以上へ至れるのだな。ああ、楽しみだ、クハハハハハ」


 しかし、当の本人は自分が負けることなど微塵も考えていないようであった。









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