この恋に気づいてほしくて、強くなった
Chocola
第1話
昔、僕はひどく身体が弱かった。
すぐ熱を出して、走れば息が切れ、風邪が治ったと思ったらまたぶり返す。
体育の時間はほとんど見学。だから、同級生からは自然と距離を置かれた。
そんな僕を、いつも守ってくれたのが日向(ひなた)だった。
「いじめるなって言ってんのが聞こえないの!? 次やったらぶっ飛ばすよ!」
彼女は小柄だけど武道を習っていて、男の子にも遠慮がなかった。
強くて、怖いもの知らずで、それでいて誰より優しかった。
僕にとって、彼女はまるでヒーローだった。
だから、僕は決めたんだ。
いつか、彼女のように強くなりたい。
守られる側じゃなく、守る側になりたい。
そして──彼女の隣に立てるくらい、立派な人間になりたいと。
***
十年の時が流れて、僕は今、社会人向けの護身術講座の補助インストラクターをしている。
ある日、見学に来た女性の名前を聞いて、胸がざわついた。
桐生日向。
まさか、と思った。
でも彼女を見た瞬間、確信した。
長く伸ばした髪、少し大人びた声──それでも面影は消えていなかった。
忘れられるわけがない。僕のヒーローだ。
けれど彼女は、僕のことを覚えていないようだった。
「ミット、もう少し上げてください。そう、それで……いいですね」
「あ、はい。こう?」
変わってしまった僕に、気づかなくても仕方ない。
名前も変えたし、身長は30センチ近く伸びた。
昔の僕を知ってる人間なら誰だって、別人だと思うだろう。
それでも僕は、話しかけずにはいられなかった。
「桐生さんって、小さい頃から武道やってたんですか?」
「うん、小一から空手。おとなしい友達がいじめられてるの見て、悔しくて始めたんだよね」
「……強かったんですね、昔から」
「何それ、変な褒め方」
彼女は笑った。でも僕の中では、あの頃と変わらない声だった。
「誰かが、その強さに憧れて、努力を続けたとしたら……それって、どう思いますか?」
彼女の笑顔が止まる。
「……え?」
僕は深呼吸して、言葉を絞り出した。
「君が昔、守ってくれた男の子──“蒼ちゃん”って、呼ばれてたやつ──そいつ、僕です」
彼女の瞳が揺れた。
「……嘘、蒼ちゃん……? そんな、全然……」
「変わりました。君の言葉が、背中を押してくれたから。強くなりたいって、そう思わせてくれたのは、君なんです」
「……まって、ほんとに……蒼ちゃん……なの?」
彼女が一歩近づく。
「信じられない。だって、別人みたい……背も高いし、体つきも……」
「“君にふさわしい自分になりたい”って、ずっと思ってました」
十年間、彼女に会うその日まで、僕は努力をやめなかった。
筋トレも、ランニングも、護身術も、全部、彼女に見合う自分になるためだった。
彼女は、じっと僕の目を見つめた。
そして、ゆっくりと笑った。
「……そっか。じゃあ、会いに来てくれたんだ。あのときの約束、守りに」
「え?」
「“次に会うときは、僕が君を守る番だ”って。あんた、言ってたよ。覚えてる?」
「……うん、覚えてるよ」
彼女の笑顔は、あの頃のままだった。
でも今は、その中にほんの少しの“ときめき”が混じっていた。
「じゃあ──よろしくね。これから、頼りにしてもいい?」
「もちろん。君を守るために、ここまで来たんだから」
リナリアの花言葉は、「この恋に気づいて」「私の気持ちをわかって」。
ずっと胸に秘めていた想いが、ようやく彼女の心に届いた。
この恋に気づいてほしくて、強くなった Chocola @chocolat-r
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