第13話 辺境伯の娘、明るく振る舞う
「それを聞かせてはいただけないのでしょうか」
「王族の私的な部分だ」
私的と言われてしまうと、それ以上は何も聞けない。
「それは、失礼をいたしました。詳しくはわかりませんが、いろいろあるのはお察しいたします。私もマリールイス様とリーズベット様から歓迎されていないのは、実感していましたから」
色が黒いと布で腕をこすられたり、ダンスを嗤われたり、庭師を目指しているのだと馬鹿にされたり。
立派な淑女になって、リクハルド様のお妃になって、見返してやろうと思っていた。
こんな形で王城を出ることになるなんて。
「レイヤ殿からの報告で、ある程度は知っている。あの二人は、俺も信用していない」
「その理由はいろいろのせい、ということですね」
「そうだ」
「もうひとつ、伺ってもよろしいですか?」
「なんだ」
「陛下はご無事なのですか?」
私の質問に、リクハルド様は答えなかった。
少し長い前髪を左手でくしゃくしゃと触り、目元を隠してしまった。俯いてしまったから、お顔が見えない。
でも十分に伝わってきた。
髪を触る左手の中指に嵌められた、赤い指輪がきらきらと光る。
これからアールグレーン国はどうなるのだろうか、と不安な空気が馬車に満ちた。
「それでリクハルド様、行先は決まっているのですか」
レイヤ先生が質問をすると、少し間を置いてから、リクハルド様は顔を上げた。
「クリスタ嬢をご実家に送り届ける」
向かう場所より、私の名前が先に出たことにびっくりした。
「私を実家に? そのために急いで来てくださったのですか」
「王城は危険だ。誰が敵か味方かわからない。あなたの存在を知らない者が、王族と間違えて捕らえてしまう可能性があった。関係のないあなたを巻き込むわけにはいかない」
関係がないと言われると少し傷つく。
でも王城に来て以来ずっとそっけない態度で、自分の妃になるために頑張っている私に励ましの言葉をひとつもくれなかった。そんな方が心配して行動をしてくれたのは、とても嬉しい。
「それは……ありがとうございます。関係がないと言いきられると、妃候補としては少々寂しいものがありますが、私の身を案じてくださったのは、とても嬉しいです」
「兄上から言われた。何があっても、守るようにと」
「陛下がですか?!」
そんなこと言わなかったらわからないんだから、自分の手柄にしていればいいのに。
そういう素直なところがあるんだ。
「ありがたいことですけど、面識がないのに、どうしてわざわざ陛下がリクハルド様にそのようなお言葉を?」
「兄上は、クリスタ嬢を知っている。正確には、俺と話していたあなたを、という認識だがな」
「四年前のパーティの場におられたのですね」
あれ以外に心当たりがなかった。
リクハルド様は「そうだ」と頷いた。
「クリスタ嬢を妃候補にしたのは、それが理由だ」
どうして私が選ばれたのだろうと思っていた疑問にも、答えが出た。
リクハルド様の妃候補になったのは、陛下の計らいだったんだ。
「お話しをしていただけで、妃候補になれるのですか。それは驚きです」
「人と話す俺が珍しかったんだよ。俺がクリスタ嬢に興味を持ったと思ったみたいでな」
「リクハルド様は、他の方とお話をなさらないのですか」
「ああ。いろいろと勘違いされるのが嫌でな。あれは失敗だった」
さらっときつい言葉を言いますね。もうそれぐらいで傷ついたりしないけど、いじわるをしてやりたい気持ちにはなった。
「あれ? リクハルド様はあのパーティで私と話したこと、覚えていないって言ってなかったでしたっけ」
すると、表情が変わった。口があっ、と言うように小さく開き、目が泳いだ。
覚えてないって言った方を忘れていた感じかな。
だんだんリクハルド様がかわいく見えてきた。
「思い出してくれたんですね。ありがとうございます」
冷たい対応をされてきたけど、本当はそんな人じゃないと思う。何か理由があるのかもしれない。
「私は、助けてくれてたくさんお話をしてくださったリクハルド様が大好きですよ」
リクハルド様にいじわるするのはやめて、素直に思っていることを口にした。言葉にしなきゃ、伝わらないんだから。
リクハルド様がわずかに瞼を見開いたあと、私から視線を逸らし、外に目を移した。
どう思われたのかわからないけど、すっきりした。
これからどうなってしまうのかわからないけど、リクハルド様がいてくれるなら心強い。
「リクハルド様は、私を実家まで連れて帰ってくださるのですよね」
「ああ。本当はすぐにでも王城に戻りたい。だが、今戻ったところで、おそらく俺には何もできず、捕らえられるだけだろう。クリスタ嬢を送り届けたあと、味方を集い、叔父上を討つ策を練る」
「それでは、私の実家を頼りになさいませ。隣国から国を守るのが仕事ですが、守るべき国が揺らいでいるのです。力になれると思います」
お父様とお兄様の顔が浮かぶ。二人はきっと力になってくれるはず。
「辺境伯殿を頼って良いのだろうか」
「相談だけでもなさってください。味方になってくれる貴族とのパイプ役ができるかもしれません。お約束はできませんけれど、私もお願いするので」
リクハルド様が口元をきゅっと引き結んだ。
「クリスタ嬢……ありがとう。恩に着る」
前髪の隙間から見える目が、少し潤んでいるように見えた。
「お礼は父を動かせてからくださいませ。それでは一刻も早く、サーラスティに戻らねばなりませんね。馬車では一カ月近くかかりますよ。時間を無駄にしてしまいます。他に方法はありませんか」
「早馬を乗り継げば、早く着けるだろうが、クリスタ嬢は馬に乗れるのか。かなりの速度だぞ」
「乗れますよ。実は得意なのです。暴れ馬でも片手で乗りこなしてみせますよ」
「そうなのか。貴族の令嬢はたしなみ程度にしか乗馬はしないと、決めつけていた」
「私は田舎の貴族ですから!」
元気いっぱいに言うと、リクハルド様だけじゃなく、レイヤ先生も笑った。
暗かった馬車内が、少し明るくなった。
これでいい。どんなに先行きが不安でも、暗いより明るくいる方がいい。希望を見失わないためにも。
次回⇒14話 辺境伯の娘、変装する
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