第2話 幼馴染に「彼女できた」と言われた


 私には幼馴染の男子がいる。

 どこか抜けているけど基本的に優しくて、勉強も運動もできる自慢の幼馴染。


 でも、聞いてほしい。

 この男、ドがつくほどに鈍感なのだ。

 いや、鈍感というよりかは単純に人の気持ちを理解できない性質というべきか。

 とにかく私の苦労を皆にも知って欲しい。


 今日は、そんな幼馴染について、もう少し紹介させてもらおうと思う。


 名前は、梅原葵うめはらあおい

 葵って名前、可愛くて良いなぁと思う。

 葵くんとか、葵ちゃんとか、色んな可愛い呼び方ができるのがいい。


 容姿はよく分からないけど、そんなに悪い方ではないと思う。

 中学生の頃、葵のことをカッコいいと言う同級生がいたことを私は知っている。

 幸いにも本人に伝わることは無かったが、そういう目を向けられるだけのポテンシャルはあるということだろう。


 それはさておき、私の幼馴染が鈍感という話だ。


 具体的にどんな感じなのか。


 例えば、「一緒に帰ろ?」と放課後デートに誘ってみたり、休日はショッピングデートをしたり、用もないのに部屋を訪れてお家デートを楽しんだり。

 これだけのアピールを繰り返しているにも関わらず、この幼馴染はうんともすんとも言わない。

 普通に考えて、年頃の女の子が意識もしていない相手の部屋を何度も訪ねるわけがないと思うのは私だけだろうか。


 ちなみに、ここだけの話――葵はいわゆるマゾってやつだと思う。

 前に葵の部屋で偶然見つけたエッチな本の内容が、巨乳なお姉さんが男の人をいじめる、みたいな内容だったのだ。


 悲しいことに私の胸は大きくはない。

 ……小さい、とは言いたくない。

 だからこそ言動だけでも葵の好みになれないかと勉強し、今や魅力的なSに成長できたと思う。

 だというのに全く靡いてくれない幼馴染に、色々と試してみる毎日だ。


「告白されたんだ~」と定期的に嫉妬心を煽り、「告白されてないよね?」と日頃から聞いてみたり。

 そのどれも、あまり効果がないような気がする。

 勇気を出して「仲良くない相手は好きにならない」と告白まがいなことも言ってみたが、「そっかぁ」という反応と共に撃沈した。


 幸いなのは、現状好きな相手もいなければ、告白してきた相手もいなさそうといったところか――――などと思っていた。



「俺、彼女できたんだ」



 唐突に、幼馴染はそんなことを言ってきた。

 当然ながら意味が分からなかった。


「……え……彼女って、なに……? あ、もしかしてゲームの話してる?」

「んなわけねーだろ。リアルの話だよ」

「へ、へー……。かのじょ…………彼女、できたんだ」


 声が震えているのがバレなかっただろうか。

 怖くて振り返れないが、鈍感な幼馴染のことだ。

 恐らく違和感すら抱いていないだろう。


 それからしばらく、何も話せなかった。

 目の前で開いている漫画のページの内容が一ミリも頭に入ってこない。

 漫画を読んでいると思ったのか、幼馴染が特に言及してこなかったことだけが救いだった。


「……そっか…………彼女、おめでと」

「ん、さんきゅ」


 ――んなわけない。

 何とか絞りだした言葉だったが、祝福する気持ちなどあるはずがない。

 だれだよ、彼女って。


「ちなみに誰? うちの高校の子?」

「いや、違う」


 だろうとは思ったが、そうなると少し厄介だ。

 もし同じ高校であれば何かと調べやすかったのだが、そうじゃないとなると何も手の付けようが無くなってしまう。


「写真見せてよ、彼女の。あるでしょ」

「なんでだよ」

「気になるから」


 せめて顔くらいは見せてもらわないと気が済まない。

 しかし、葵は「付き合い始めたばっかだから写真ない」と首を振る。

 本当は持っていて見せたくないのか、本当に持っていないのか。

 幼馴染の仏頂面からは、いまいち分かりづらい。


 そこでふと、ひとつの疑問が浮かんだ。


「告白されたことは無いんじゃなかったの?」

「え? あー……まあそうだけど」

「じゃあ自分から告白したってこと?」

「んー、何と言いますか」

「なに、好きな子いないってのは嘘だったってこと?」


 お茶を濁すばかりではっきりしない幼馴染に、もどかしさが募る。

 私は、付き合うに至った経緯が知りたいのだ。


「好きなやつは居ないっていうのは嘘じゃないよ。別に告白したわけでもないし」

「じゃあ何? 告白してもないし、されてもないし、好きじゃないのに付き合ってるってこと? 意味わかんない」

「自然とそういう関係になって、付き合ってるうちに相手を好きになることだってあるだろ」

「…………」


 そういうもの……なのだろうか。

 であれば、私の幼馴染に対する気持ちはいったいどうすればいいと言うのか。


 私は、梅原葵うめはらあおいが好きだ。


 小学生のとき、女の子と仲良くなれなくて泣いていた私にハンカチを差し出してくれたこと。

 中学生のとき、風邪で学校を休んだ私にお気に入りのアイスを買ってきてくれたこと。

 最近だと、柄の悪い男子に絡まれていた時に颯爽と助けに来てくれたこと。


 ずっと前から、幼馴染のかっこよさに私だけが気付いていた。


 朝に弱くて部屋まで起こしに来ないと遅刻しちゃうところとか。

 寝ぐせを直してあげると気持ちよさそうに目を細めるところとか。

 人を疑うことを知らなくて馬鹿みたいに優しすぎるところとか。


 かっこよくないところも全部、好きだった。


 幼馴染が付き合いだしたという彼女なんかより、私の方が色んなところを好きなのに。

 私の方が先に好きだったのに。


 彼女って、どんな人なの。

 どこがそんなに良かったの。

 なんで私じゃだめなの。


 言葉には出せない疑問が、心の奥底でぐるぐると渦巻いている。

 答えを聞いたところで、どうせ納得なんてできないんだろうけど。


 漫画を握る力が強くなり、ページをぐしゃっとしてしまいそうになる。

 目頭が熱くなり、何かが溢れてきそうなのをぐっと堪える。


 分かっているのだ。

 アプローチを繰り返すだけで最後の一歩を幼馴染に期待して、待っているだけの自分が悪かったことくらい。

 それでも感情が追い付いてくれないのはどうしようもない。

 この気持ちを諦めきれないと、心が叫んでいる。


 ただでさえ、普段からアプローチをスルーされまくって、少なからず鬱憤が溜まっていたのだ。

 梅原葵うめはらあおいという男をどうにか振り向かせられないか、と常日頃から考えていた。


「彼女のこと、まだ好きじゃないんだよね?」


 だから、魔が差した。

 よくないことだと分かりつつ、止めることが出来なかった。

 唐突なカミングアウトをしてきた幼馴染に対して、漫画を読んでいる風を装いながら言ってしまった。




「彼女と別れてくれるなら、今度のデートで手くらい繋いであげるけど」

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