「あんたモテないもんね」が口癖の幼馴染に彼女ができたと嘘をついたら、必死に取り戻そうとしてきて可愛い。でも、バレたらたぶん殺される。

きなこ軍曹

第1章 修学旅行編

第1話 幼馴染に「彼女できた」と嘘をついた


 俺にはとびきり可愛い幼馴染がいる。

 それだけ言うと、世の中の男性陣から多大なる批判の声を頂戴することだろう。


 しかし、聞いて欲しい。

 可愛い幼馴染には棘がある。

 気心知れた仲だからこそ見せる、容赦のない毒針があることを、君たちは知らないのだ。


 さて、そんな俺の幼馴染について少し紹介しよう。


 名前は、浅葱夏帆あさぎなつほ

 これまた可愛い名前をしていらっしゃる。

 苗字までかっこいいのは本当に持っている人間というべきか。


 その容姿はモデル顔負けの整いっぷりで、「ぱっちりおめめ」「魅惑的な唇」「サラサラな髪」と、同性から羨望の眼差しを向けられるものばかりだ。

 唯一、胸だけは少し控えめな印象だが、それもチャームポイントの一つとして異性から受け入れられているのだから、もう無敵である。


 夏帆の可愛さは幼い頃からずば抜けていた。

 幼稚園の時には同じ組の男の子たちの初恋を奪い、小学生の時には学校中の男子から拙いラブレターを貰い、中学生の時には自分を巡った争いが起き、高校に入ったら男子たちの間で不可侵条約が結ばれたり。


 まあつまり何が言いたいかというと、夏帆は昔からチヤホヤされながら育ってきたということだ。


 ――で、どうなったと思う?


「あんた、続きの漫画持ってきて」


 みごとに傍若無人な幼馴染さまの出来あがりである。

 しかも誰彼構わずこういう態度なわけではなく、ただ唯一、幼馴染の俺に凝縮される形で表れているものだから大いに苦労させられている。


 具体的にどんなことをされているか?


 例えば、男子高校生の貴重な放課後に無理やり一緒の帰り道を歩かされたり、休日は買い物の荷物持つとして駆り出されるし、暇な時間があれば部屋までやってきて何をするでもなく居座ったり。

 俺を従順な下僕か何かだと思っているのだろう、とにかくやばいのだ。


 一部の訓練された男性諸君であれば、この環境でも喜んで尻尾を振れるのだろう。

 だが、俺はノーマルだ。特殊性癖は……ない。


 ちなみに今も、夏帆は俺の部屋の俺のベッドで、俺の枕を下敷きに俺の漫画を読んでいる。


「そういえば今日さぁ~、また告白されたんだよね~」


 聞いてもいないのに自慢してくる幼馴染さま。

 容姿だけでなく声まで可愛く、凛とした雰囲気と女の子らしい柔らかさを見事に共存させている。

 天は二物を与えずとは、うちの幼馴染の前では全く意味を成さないようだ。


 それはさておき、夏帆はよくモテる。

 少なくとも俺はこの幼馴染以上にモテている人類は見たことがない。

 そのモテっぷりは動物園にいるパンダに匹敵するのでは、と密かに思っていたり。


 うちの高校では夏帆に対する不可侵条約が男子内で締結されているというにも関わらず、毎週のように抜け駆けしようとする男子が後を絶たない。

 噂では条約を破った男子は裏山に埋められてしまうらしいが、さすがに冗談であると祈りたい。


「で、どうしたんだ?」

「え、なになに。もしかして気になっちゃう~?」

「はいはい、気になってる気になってる」


 漫画を読むのをやめて、ニヤニヤしながら近づいてくる夏帆。

 良い匂いが鼻をくすぐるが、馬鹿にされるのが分かりきっているので顔に出すのはぐっと堪える。


 あと、告白の結果がどうなったのか気になっているのは決して嘘ではない。

 むしろ問いただしたいくらいには大いに気になっている。


 だって、もしこの幼馴染がどこぞの誰かと付き合ったらどうなると思う?


 それはもちろん、俺がこの環境から抜け出せるということに他ならない。

 だからこそ俺はうちの幼馴染に告白する男子のことは、毎度毎度、心の底から成功を祈っている。

 しかし、その祈りが届いたことは今まで一度として無い。


「もちろん断ったわよ? 嬉しい?」

「嬉しくないです」

「なんでよ! そこは喜びなさいよ!」


 憤慨しながらベッドの定位置に戻る夏帆。

 あんまり居座られると、寝る時にあなたの香りがして落ち着かないんですが。

 前にそんなことを言ったら嬉々として枕やベッドに身体を押し付けられたので、もう言わない。


 だが、どうやら今回の男子くんも彼女の心を射止めることは出来なかったようだ。

 本当に残念でならない。

 夏帆が誰かと付き合ってくれたら俺は解放されるというのに。

 うちの幼馴染さまは異性に求めるものが些か多すぎるのではないだろうか。


「理想が高すぎるのもどうかと思うぞ。適齢期はすぐそこだ」

「こちとら華の女子高校生なんだけど? 別に、理想が高いわけじゃないし」

「そうなのか? 誰か好きなやつとかいないのか?」


 もし好きなやつがいるのであれば、俺が二人の仲人なこうどをしてやろうではないか。

 全力で二人の恋を応援し、友人として結婚式のスピーチをするビジョンまではとうに出来ている。


「…………」

「夏帆?」


 いつもならすぐに返事してくる夏帆だが、今回は何やら神妙な顔でじっと漫画を見つめている。

 ただ、同じ箇所ばかりを見ているようでページをめくる素振りは見せない。


「あ、あんたはどうなのよ」

「……俺? 何が?」

「だから、好きな相手はいないのかって話よ」


 こちらには決して視線を向けようとせず、夏帆は不機嫌そうに言う。


「好きな相手か…………今はいないな」


 少し考えたが、どうやら今の俺には好きな相手はいないようだ。

 というよりも、常に隣にいる誰かさんのせいで、そんなものを作っている暇がない。

 クラスメイトの可愛い子と話せたりしたら鼻の下も伸びるが、逆に言えばその程度で、特別な好意を寄せていたりというわけではなかった。


「そ、そうなんだ。……ふーん。ちなみに私も……仲良くない相手を好きになったりしないから」

「そっかぁ。じゃあ男子たちに希望はなさそうだな」

「…………」


 うちの高校の男子たちには残念なお知らせだろう。

 しかし、諦めるのはまだ早い。

 仲良くない相手からの告白に希望がないのであれば、まずは友達からスタートすればいいだけの話だ。

 今度密かに男子たちにアドバイスしてやるのも良いかもしれない。


「私はモテるけど、あんたは誰かに告白されたりしないの?」


 何気なく、といった風に夏帆が聞いてはいけないことを聞いてくる。


「……お前な、世の中の男子がいったいどれだけ告白されたことがないと思ってるんだ。約70パーセントの男子は悲しい青春を送ってるんだぞ!」

「70パーセントって、どこ調べよ……」

「俺調べだ」

「あほらし。つまり、告白されたことはないのね」

「……黙秘する」


 ぐうの音も出ない誘導尋問に、俺は何も言うことが出来ない。


「あんたを好きな子なんているのかしら?」

「それはいるかもしれないだろっ。まだ告白する勇気がないだけで、俺を密かに思ってくれてる可愛い子の存在は、誰にも否定させないぞ!」

「なんの宣言よ……。まあ、神様も夢見るくらいは許してくれるわよ、きっと」

「ひたすらにウザい」


 幼馴染はしばしば、非モテな俺を馬鹿にしてくる。

 俺としても彼女が欲しくないわけではないので、モテまくっている夏帆の言葉にはグサっと刺さるものがある。

 もし俺に可愛い彼女がいてくれたら、この幼馴染に少しは言い返すことが出来るというのに。


 ただでさえ普段から下僕扱いされて、少なからず鬱憤も溜まっているのだ。

 浅葱夏帆あさぎなつほという幼馴染をどうにか見返すことはできないか、と常日頃から考えていた。


「あんた、モテないもんね~」


 だから、魔が差した。

 よくないことだと分かりつつ、止めることが出来なかった。

 漫画を読みながら、人のことを馬鹿にしてけらけら笑う幼馴染に向かって、全力で平静を装いながら言ってやったのだ。




「俺、彼女できたんだ」

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