第32話 参謀は微笑む。――舞台の裏で、焔は点される。

「……ヒロ、本当に“あれ”を使ったか。」


伊集院翔は、観客席の最上段で足を組んでいた。

東京ドームの上空に、微細な粒子の震え――術式の残光が、薄紅の軌跡を描いている。

COLOR†CLIMAXの主役、茅場ヒロ。その暴走は予定外ではない。だが、予測通りでもなかった。


「派手に出たな。俺の演出、霞むじゃんか。」


舞台の上で歓声が裂け、悲鳴が混ざり始める。

観衆の動揺は、まだ“演出のうち”に見える。だが翔は、その混乱をさらに別の角度から見つめていた。


彼の手の内には、凪の妨害術式を変換した“波式干渉体”。

美月が封じたはずの術式記憶――本来の妨害ではなく、別の“表現”として再構成された映像型術式だ。

つまり、妨害は煽動に変えられる。


「さてと、ヒロが叫び、術式が暴れた。観客は迷う。なら、次は“物語”の時間だ。」


翔が目を伏せた瞬間、東京ドームの観客席スクリーンに、ヒロの“過去映像”が映る。

炎。涙。祈り。そして、COLOR†CLIMAXという言葉が生まれたその瞬間。

観衆の目が釘付けになる。“ヒーローの苦悩”は、物語の導火線となった。


「……M.S.S.は、感情から侵入する。俺はその道具だ。ヒロ、お前は今、“いい役者”だよ。」


──そこに、踊翼が舞台の中央でスピンした。

その足元の術式陣が乱れ、波紋を描く。翔の目が細くなる。


「……踊翼、か。君は、勝手に踊るんだね。だけどその“衝動”もまた、舞台装置になる。」


風鳴光流が天井を仰いだ。太陽のような笑顔に、観客が一瞬、安堵を覚える。

翔はその表情を読み取った瞬間、スクリーン演出を“陽光モード”に切り替えた。

一部の術式が、太陽光と干渉し、演出が“癒し”へと転換する。


「面白い……揃ってきたな。役者、舞台、騒音、信仰。そして、裏切りの予感。」


翔が立ち上がる。参謀の役割は終わらない。

ヒロの焔が燃えるなら、それを“祭り”にするのが、翔の役者魂。


「さあ、次の幕だ。俺の脚本で、ヒロも、美月も、凪も、踊翼も……どこまで演じられるかな?」


その笑みは、火花のようだった。

東京ドームの上空で、術式と感情が交錯する“多層の舞台”――翔は、誰よりもその中心にいた。


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