第30話 推しの極点と卑弥呼式覚醒:祝祭は祈りを超えて

「推し信仰の極点へ、俺が連れていく」

茅場ヒロの声は静かだった。だが、東京ドームの空気は瞬時に変質した。


巨大スクリーンに映るのは――過去のヒロのライブ。

けれど順番が違った。照明も違う。何かが“映像ではない何か”を混入させていた。


「……これ、フラッシュバックじゃない。記憶と魔導が混線してる」

美凪の視線がスクリーンとステージの中間に走る。


音響が爆ぜた。

ハウリング。それはただの音響事故ではない。卑弥呼式術式が、観衆の“感情波”を逆流させた結果だった。

術式が覚醒を始めていた。しかも、人間の記憶ごと空間に顕現させようとしている。


「まって……!観衆の信仰が術式に組み込まれてる……!」

凪が術式解析ディスプレイを前に絶句する。


一部の観客は立ったまま目を閉じ、微笑んでいた。

笑っているのに動かない。叫びながら泣いているのに足が動かない者もいる。


「無気力状態……感情波の過剰共鳴。意識が術式に引き込まれてる……!」


それだけでは終わらなかった。

信仰が暴走する。


「ヒロ様に届かないなら……隣のやつの推しを潰せばいい」

隣にいたファンが、自分のペンライトを相手の手から打ち落とそうとしていた。


「やめてぇっ!!推しは奪い合うものじゃないっ!!尊死はみんなのものっ!!」

凪が叫び、補佐科の妨害魔道術式多点感応妨害陣をさらに展開。


しかし──卑弥呼式術式は、次元を超えて覚醒しようとしていた。

映像、音響、信仰、記憶、叫び。すべてを神話級の「祈りの媒体」に変えながら。


「これが……ヒロの“信仰”の裏にあるものなのね」

美月は睨む。その瞳の奥で、数千年前の術式構造図がゆっくり動き出す。


「祈りは尊い。でも、祈りに溺れれば、人は人を壊し始める。

卑弥呼はそれを知っていた。だから……彼女は魔法少女になった」


覚醒した術式の中心に、うっすらと八重の尾を持つ巨大な影が揺れた。


凪は震えながら、美月の袖をつかんだ。


「美月ちゃん……私、石ころになるって言ったけど……今だけ、杖の先にいてもいい?」


「補佐の覚悟は、石ころより重いものよ。支えるって、こういうことでしょ?」


ふたりはステージを見上げる。

神話が現代に再構成されるその瞬間を、支える者の立場で迎えるのだった。

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