第29話 解析と妨害──卑弥呼術式、解読戦の開始

東京ドーム上空、魔導圧が不穏に渦を巻いていた。

ステージに立つ茅場ヒロは、歌声を落としながら、静かに詠唱めいた言葉を重ねていた。


「八重の頭、八重の干渉。魂を裂き、血の河で紡ぐ。卑弥呼の記憶よ、今こそ蘇れ……」


美月真白は、背後で空間に浮かぶ魔導陣を睨みつけていた。

ステージ裏の魔導解析班が持ち込んだ、《卑弥呼式術式断片》の文献。そこには、最古の魔法少女が“ヤマタノオロチを封じた陣式”が僅かに残されていた。


(あれは──完全復元されていないけど、ヒロの詠唱は断片術式を連動させてる……

このままじゃ、ドーム全体が式の一部として取り込まれる)


「凪!観衆の魂が式に引き込まれ始めてる!遮断術式を拡大できる!?」


「いける!補佐科固有妨害魔道術式、《多点感応妨害陣》を最大展開する!」


凪の手が走った。ペンライトを振っていた観客の“感情波”を可視化し、そのネットワークごと妨害領域に変換する。


「──観衆の意識リンク系デバイス、全遮断。身体構成魔素、反転隔離。肉体的信仰力、妨害拡散へ誘導開始──!!」


補佐科の術式がドーム全体に広がった。

フロアの下から、補佐科の魔導ノイズが響き始める。茅場ヒロの足元に異音が走る。


「……へえ。妨害するとは思ってたけど、想像以上だね。まるで──俺のステージを“消音する”みたいだ」


美月は、術式解析用の眼鏡を下ろした。

ヒロが背にしている《卑弥呼式復活陣》は、まだ未完成。だが、式の核――“八重の魂干渉点”はほぼ起動準備に入っていた。


「茅場ヒロ。ヤマタノオロチを復活させた瞬間、このステージは血の海になる。

観衆5万人、誰一人として儀式の供物にはさせない」


ヒロは微笑んだ。


「でも、供物が“推し信仰の極点”に達すれば、むしろ自ら捧げたがるよ?

僕はただ、歌っているだけなのに。なのに世界が震える。

卑弥呼式、今も響くんだよ──“祈る者が多いほど、神は起動する”ってね」


美月は背後に凪の術式展開表示を確認しながら、詠唱を始めた。


「ならばこっちは、“祈る者を守る術式”で戦うわ。補佐科は、推しを支えるだけじゃない。

信仰の裏にある感情を守る、最後の砦だから」


ドームに、2つの術式が広がる。

ひとつは厄災への階段。

もうひとつは──舞台袖から世界を守る祈りのフィールド。


交わるはずのない祈りが、天空で交錯した。


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