第26話 観客席の少女、疑惑と輝きの同時遭遇

東京ドーム2階スタンド席、Bブロック32番。

小鳥七瀬(ことり・ななせ)は、ペンライト片手に息を飲んでいた。


ステージでは茅場ヒロが歌っていた。

歌声が空気を波打たせる。悩殺ウインクは照明よりも強い光を持ち、観客たちを次々に“感情干渉”の渦へ落としていく。


「……やっぱりヒロ様、次元が違う……」


そう呟いた七瀬の視線は、自然にステージ右上空――宙に舞うふたりの魔法少女へと吸い寄せられた。


融合変身体──美凪。

紅と黒の魔導ドレスが波のように揺れ、ステップとともに空に術式が編まれていく。


「……あの動き、すごい……まるで音楽がそのまま舞に変わったみたい……」

七瀬の鼓動は、ヒロの楽曲よりも先に、美凪の舞に反応していた。


ふと、美凪の顔が照明の合間にチラリと映る。

七瀬はハッとした。


「……ん?今の、目元……」


もう一度、美凪の表情が見える。照明、髪の流れ、表情の揺れ――


「……あれって……凪姉……?」


心臓が跳ねた。

確証はない。でも直感は叫んでいた。融合変身体の奥にいるのは、

自分が毎朝「ごはん炊いてる間に三章読める」とか言いながら教科書に付箋貼ってた、あの“推しオタク姉”ではないかと。


「だって……足運び、癖強い……!お姉ちゃん、魔導演習で“足癖型補佐”って言われてたじゃん……!」


美凪は空に術式を展開する。照明が焼けるほどの光量。

観衆はヒロの歌に沸きながらも、ちらほらと宙に舞う美凪へ視線を向け始めていた。


七瀬は席から立ち上がった。ペンライトを持つ手が、震えている。


「……お姉ちゃんってことある?え、待って待って、私、もしそれ本当なら、凄すぎて推し変更起こりそうなんだけど……!」


感情干渉、開始。

推しの歌 vs 血縁の舞。

七瀬の心は、ステージの中央と右上空で、同時に尊さを更新され続けていた。


(私……どうしよう。今、人生で初めて“推しと家族の尊死”が同時に起きてる)


その夜、七瀬のスマホにはこう記された。


《新推し候補:美凪様(要検証:姉疑惑)/悩殺歌唱ユニットとの共演、感情バグ案件》


魔法の夜は終わらない。推しが空を舞えば、信仰のかたちも変わる。

観客席は、物語の始まりに最も近い場所なのかもしれない。


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