第2話 絶対に彼氏にする

 青蓮院中学校は住宅街に囲まれたど真ん中に位置し、通っている生徒数は大半は近所の知り合いとかで溢れかえっていた。10キロメートル毎に、付属の鷹野高校、伏見大学と中学、高校、大学と並んでいるいわば学園都市の街なのだ。

 学園都市と言われる街に新幹線で通っている。

 「坂原駅にまもなく新幹線が到着します」

アナウンスが流れた数分後に新幹線が到着した。私は夢に出てきた男性が怪物になったことが気がかりで俯きながら乗った。

 新幹線は静かに発車し、段々とスピードを上げながら窓からの景色をゆったりと見せる時間を与えない。その間、夢にうなされ続けた。

 「花香女集(かこうめしゅう)駅、花香女集(かこうめしゅう)駅に到着。お降りの際は今一度座席周辺を確認してお忘れ物がなさいますようお願い致します」

 学校用の鞄を背負って、新幹線から降りた。駅構内に、『花香女集市』と書かれた看板が至る所にありその名の通り降りる人の大半は女性だった。私もその一人である。北口に降りてバス停から10分先の最寄りの青蓮院中学校前バス停に向かった。


 バス停に着くと同時にチャイムが鳴った。それを聞いた瞬間に、雷光の如く走り靴を手際よくロッカーに放り込み2階の2-3クラスに向かった。ドアの前で一息を付いた後、ドアの取っ手を持ち開けると担任の佐藤先生が壇の上に立って朝礼をしていた最中だった。

 「すみません。遅れました」

 「物部雪芽さんですね。理由はなんですか?」

 佐藤先生の鋭利な目つきに怯える私は、正直に言う。

 「寝坊です。すみません!」

 「分かりました。これで2度目ですね。次遅刻したら放課後のお掃除を風紀委員会と協力をお願いしますね」

 「は、はい~」

 夢より怖いのはこっちなのかもしれないと思った。

 

 チャイムが鳴ると、佐藤先生は次の授業の準備をするために教室を去っていった。この学校は女子の割合が高い。私のクラスでも名簿に載っている9割は女子だ。だからか、女子達が他の中学や年上の先輩を彼氏にしているケースが多い。特に、蘇我夏葉は女子グループの中でもトップの座に君臨している。

 「やっぱり、私の方が彼氏自慢では上ね」

 周囲の女子は夏葉のことを羨ましそうに妬み含め恨む意図的に出した暗い目をしている。その中の、赤い髪の子が夏葉を妬みながら自分の彼氏のことを話す。

 「この中学校の付属高校である男性が彼氏にいるんだけどさ、皇帝大学っていう最難関の大学を今年受験しているんだけど。日夜勉強している姿を見ると、もう~~、応援したくなっちゃう」

 赤い髪の子が話した途端、みんなの目が明るくなり騒ぎ始めた。

 「え~、すごい。その彼氏どこに住んでいるの」「うちの彼氏より頭いい」「運動神経はどうなの?」

 「ちょっと、静かに!そういえば、今日遅刻した雪芽って彼氏いなかったはずよね。ねぇ、みんな」

 クラスの夏葉の席で集まって話していた女子たちが、夏葉の号令と共に一斉に私の方に視線が動く。

 「えっ、な、なに」

 「そういえばさ、あんた彼氏いなかったよね」

 私は喉を唸らし、額からひたひたと汗が出てきた。

 「いるよ、」

 「へぇ~、いるんだ。どんな彼氏かな」

 「・・・・」

 私は何も答えられなかった。本当は、いないんだ。

 夏葉は薄笑いをして、夏葉の彼氏自慢をしてもほしくないのに勝手に始めた。

 「もしかして、私みたいな彼氏、皇帝大学に次ぐ、宮廷大学に通っている大学生で、バドミントンの部活に入って賞を取り、大学の偏差値も高水準に保つ文武両道を成し遂げている。・・こんな彼氏、いるんでしょうね」

 私はそんなスペックを持った彼氏はいない。でも、

 「ねぇ、みんな聞いた~?こいつ、雪芽って彼氏いないんだってさぁ」

 女子友のグループは何か冷ましい顔をし、私よりも劣っているやつがいてラッキーとさも思っている顔をしていた。それが悔しくて私は言う

 「絶対、今年中に彼氏を作る!!」

 夏葉は笑い転げたように言う。

 「せいぜい頑張ってね。まぁ、私よりスペックの高い彼氏を作ってね」

 夏葉は女子友のところに戻り、みんなで私の方を見て再び笑みを浮かべた。とことんうざい、馬鹿にされないように私も彼氏を作ると胸に刻んだ。


 放課後、私の大事なハンカチを忘れて一度教室に戻ってくると一人の男子生徒が私のハンカチを持って立っていた。

 「これは、物部さんの?」

 「私のよ。クラスに置きっぱなしだった」

 その男子生徒はそのハンカチを物思いにふけったようにボーっと見ていた。無音の沈黙が流れた。

 「あの、返してほしい」

 男子生徒ははっと息を吹き返したようにして言う。

 「すまない。はいこれ」

 男子生徒は私に大事なハンカチを返した。

 「それでなんだが、俺の名前を憶えて欲しい」

 「いいよ」

 男子生徒は、顔を赤らめあわあわした感じで私の目を逸らしながら名前を言う。

 「俺は、清原夏春(きよはらかしゅん)。あの、、俺は君が、、」

 「私もハンカチを返してくれたお礼に名前言っていい?クラスの数少ない男子だしね」

 夏春はあぁっとビクビク喉を震わしながら返事をした。

 「私は物部雪芽。雪の降る日に芽がでるくらい育ちますようにって名前が付けられたんだ。」

 「そうなんだ」

 すると、16:30分の帰りの時間のチャイムが鳴った。

 「いけない、もうこんな時間。じゃあ、夏春、また明日ね」

 私はハンカチを手に持ち、家に帰った。


 次の日、空は雲一つない快晴で30℃を超える暑さだった。登校時、歩くだけでも100m走を全力疾走した並みの汗が滴れ落ちてくる。伸縮性のあるタオルにもなるハンカチで汗を拭き、バス停から学校に向かう。

 すると、遠くからカラスの甲高い声が聞こえてきたと思うと私の持っていたハンカチが手から消えていた。

 「あれ、、あれ!伸縮型ハンカチはどこなの」

 すると、またもう一匹カラスの鳴き声がした。もう一匹は2次関数の定数がプラスの放物線を描くように私の頭上を飛んでいった。そのカラスBの先を見ると、私のハンカチを口ばしに咥えたカラスと群れていた。

 「こら~~!私のハンカチを返して~」

 カラスは頭を左右に何回も傾げながら、2匹で話し合うと思ったらハンカチを木の枝に置いたままにして去ってしまった。

 「待て~、せめて私のハンカチを落としてよ~」

 その木の根っこの部分に立つと、電線ほどの高さがあり身長が156㎝の私には手を伸ばしたところで到底届かない。

 「どうしよう~、あれは大事な大事なハンカチなのに」

 突然、私の近辺だけかもしれない。猛暑でむんむんとしていた熱を一気に冷ましてくれる爽やかな風が吹いた。目の前には、170㎝以上あるらしい私よりはるかに高い大人の男性がどうしたのと心配そうな目で私を見つめいた。

 「なにかお困りごとですか」

 「は、はぁ。い、、いや。そ、そぉの~」

 男性は、お嬢さんに話しかけるように胸が引き締まる声で私の心臓の脈を高まらせて、私の身長さに合わせてくれてかがんで水面の乱反射のような煌びやかな眼差しで見ていた。

 男性は上を見上げると、木の上にハンカチが突っかかっていることに気づいたように私に言った。

 「もしかして、木の上に引っかかっているハンカチはお嬢さんのものかな」

 お嬢さんと言われて、更に胸がどきどきした。

 「は・・い、、そ・・うで・・・・す」

 「よし、分かったよ。今から取ってくるね。教えてくれありがとうね」

 爽やかな声と自信に満ち溢れた頼もしさが伝わってきた。

 男性は、木をすいすいと登っていく。枝が生えているところまでいくと枝から枝へと飛び移りぐんぐんと葉が生えているところまで登っていった。ハンカチがあるところまで近づき、手を伸ばしハンカチを獲得。降りるときは、一気に下に落下しないようにすりすりと木にはりつきながら降りてきた。

 その姿は、運動神経が抜群に高いと実力を見せられた。私はこんな男性を彼氏にしてみたい情熱が芯から湧き上がってきた。

 「これだね、お嬢さんのハンカチは」

 男性の手は、温かく私の体を優しく包み込んでくれる気がするぬくもりだった。

 「あ。ありがとう、、ございます。」

 「じゃあ、またね」

 男性はバッグを持って、私の傍から去ろうとした。私はまだいて欲しいという気持ちが無意識に思い、呼び止めようとした。

 「あの、、名前を聞いてもいいですか。記憶したくて」

 男性は、私の発した言葉から数秒の間を空けて名前を述べた。

 「僕は佐伯氷龍(さえき ひょうりゅう)。大学生だよ」

 氷龍は名前を言って今度こそ去っていった。

 大学生。運動神経もよく、優しくて頼もしい。私を守ってくれそうな人。私の中で一連の出来事が頭の中で単語が巡り、氷龍への好き度が上昇していく気分に嵌った。

 「この人なら、夏葉にも自慢できる」

 そう思うと、私の心の中で色々な氷龍の好きポイントや女子たちのグループの位置づけの立場の脱却がごちゃまぜになり、一つへと収斂していく。その巨大な想いは私の心の奥深くから放出する氷龍への愛だった。

 「私は絶対に氷龍を彼氏にする!!」

 私はそれを胸に刻み、また明日同じ時間帯に通ろうと早起きを実行に移すことを決めた。

 


 

 

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