交通事故

 あれ以降、私は彼に対して◯を願うようになった。私の中に生まれた黒い感情は怒りから恨みに変わっていた。大喧嘩をしてから一週間、彼とは一言も口を聞いていない。義母もそうだ。話したくもなければ、顔も見たくない。


(離婚届、役所に貰いに行かなあかんなぁ……)


 そう思っていた矢先、彼が私の目の前で頭を下げてきた。


「俺が悪かった。ほんまに申し訳なかった」


 恐らく、私に謝るよう義母から説得されたのだろう。一週間が経過した今日、頭を深々と下げて謝ってきたのだった。


 今まで私に頭の一つを下げなかったのは、謝る=浮気を認めるという事になるからだと思う。だが、そんな事はとっくの昔にお見通しだ。


(あーあ、すぐに謝ってくれればこんな恨みは抱かずに済んだかもしれへんのに。マザコン野郎、早く◯んでくれへんかな……)


 この時、彼が色々言ってきたが、私は何も覚えていなかった。


 どうでも良かったのだ。今更、謝罪を受けたところで何になるというのか。そんな謝罪の言葉よりも、私は彼に対しての憎悪で胸がいっぱいだというのに――。


 場面は変わり、家から外へ。どうしても、二人で行かなければならない用事があり、私は彼が運転する車の助手席に座っていた。その間、彼は緊張の面持ちでハンドルを握っている。私はそっぽを向いて外の景色を眺めていた。


 平日の中央大通りは車やトラックでごった返していた。私達は大きな十字路の前で停車しており、右折レーンで信号が青になるのを待っていた。しかも、よりによって彼とA子の三人で行った焼肉店が近くにある通りである。胸糞悪いったら、ありゃしない。


(絶対に許さんからな……)


 車に乗っている間、運転する彼に対して憎悪を抱き続けていた。暫くして信号が青になった瞬間、大きな衝撃で身体が前後に大きく揺れたのだった。


 ドンッ!! ギャリギャリギャリッ!!


 シートベルトが身体に食い込む感覚がして、私は我に返った。心臓がドクドクと大きく脈打つ。一体、何が起こったのか――。


 軽くパニックになったまま、音がした方へ目を向ける。運転席のドアが丸めた紙みたいにひしゃげていた。サイドミラーは当然のように破損して右折レーンのど真ん中に転がり、フロントガラスにも大きなヒビが入っている。


 パーッ、パーッ! パパパーッ! パパーッ!


 彼がクラクションを思いっきり鳴らす。どうやら、大きな怪我もなく無事のようである。「大丈夫か?」という彼の言葉に私は小さく頷く事しかできなかった。

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