30話:正史-アザゼルとの戦い-
【闇慈の執行者】アザゼルが手をかざすと、虚空から漆黒の曲刀が出現する。アザゼルはそのままそれを振り下ろした。
『っ!』
リアムは抜剣の勢いのまま、アザゼルの放つ斬撃を受け流す。
『はぁぁぁぁぁ!!』
アザゼルに剣術の覚えはない。しかし、すでに人間のそれを超えた身体能力で、力任せに曲刀を振り回した。
『くっ』
それを受け流し続けるリアムの剣は、徐々に刃こぼれしていく。
そう、今、リアムは聖剣を使っていない。エルフヘイムからドワーフヘイムまでの道中で聖剣は力を消耗し、光を完全に失っていたのだ。
今リアムが振るっているのは、彼が旅の始めから愛用している剣である。
しかしながら、その剣も限界を迎えており、アザゼルの攻撃により崩壊しつつあった。
『リアム!』
『エリシア!! 長老を連れて逃げろ!!』
リアムは二人を逃がすため、決死の覚悟でアザゼルに切り込む。
『リアム様、酷いです。私に剣を向けるなんて!!』
嘆き悲しむかのようなセリフを満面の笑みで叫ぶアザゼルは、更に斬撃を重ね、リアムと切り結ぶ。
『リアム、どうするつもりなのよ……』
リアムは明らかに劣勢である。リアムの力は、聖剣抜きでもアザゼルに劣るものではない。が、相手が”セレスティア”であるために、リアムは攻めきれないでいる。
──なら私が……。
リアムがやれないのならば、私がやるしかない。エリシアが悲痛な覚悟を決めた時、長老が駆け出した。
『長老!?』
『”浸し”をする!!』
『今!?』
『あの敵には、”聖剣”の力が必要じゃ!』
長老は、くるぶし程度の浅い水場をバシャバシャと駆け、霊脈の淵の湧き出す水の源、霊脈の力が最も強い場所へと急ぐ。
水中にある直径5cmほどの穴、その穴からは水と共に霊脈の”霊力”が湧き出しており、穴全体がほのかに緑に光を放っていた。
長老は聖剣を鞘から抜き、その穴の上に聖剣を置く。
水没し、穴をふさぐように置かれた聖剣。長老は水の中に膝をつき、聖剣に手をかざした。
長老の両手から白いオーラが溢れ、水中の聖剣を包み込む。オーラは周囲の霊水を取り込み、霊脈の力を聖剣へと注ぎ込んでいく。
白の流れと緑の光が周囲を漂い、混ざり合う。まさに“儀式”と呼ぶべき神秘的な光景だった。
その様子に、エリシアはしばし見惚れる。
『ぐっ』
『長老!?』
この儀式は、長老にも負担を強いるのか、低く呻きを上げる。見れば、長老は額に玉のような汗を浮かべていた。
エリシアはせめて汗でも拭うべきかと、手ぬぐいを取り出したが、
『さわるでない。しくじれば、また最初からじゃ』
ただ見守るしかできない自身の歯がゆさに、エリシアは静かに手ぬぐいを握りしめた。
霊脈の淵に破壊音が響く。
『リアム様ぁぁぁぁ! 逃げるなんて酷いですぅぅぅ! 私のことをぉぉぉ、受け止めてくれないのですかぁぁぁぁぁ!?』
アザゼルが頬を上気させつつ、背にある黒い光輪から何本もの黒い魔力の矢を発射する。それは不規則で鋭角な軌道を描き、リアムへと殺到した。
リアムはそれらを曲芸師のような身のこなしで次々と躱す。
『こんなにもあなたのことを想っているのにぃぃぃ! 体がとても熱くなるんですよぉぉぉぉぉ!!』
アザゼルの下腹部、むき出しのへその下あたりで魔法陣が光り、そこから全身へと赤黒い血管のような模様が浮かんで脈動する。
『あはぁぁぁぁぁ!!』
気迫の声とも吐息ともとれる嬌声を吐きながら、アザゼルが振り下ろした曲刀の一撃は、大きく床を削り、爆散させる。
『ぐぁっ』
斬撃は躱したが、爆ぜた地面の飛沫を受けたリアムが呻く。
勢いに吹き飛ばされ、水辺をゴロゴロと転がったリアムは、その勢いのままに再度立ち上がる。
『離れたらだめですよ、私、寂しがりやなんですからぁ』
アザゼルが傷跡だらけの左手を翳す。上腕部にある傷跡から、黒い魔力で形成された鞭が何本も出現し、うねりつつ、周囲を打ち壊しながらリアムへと殺到する。
『はっ!』
回転しつつそれを交わし、鞭を断ち切るべく剣を振り下ろす。が、キンッという硬質な音が響き、刃が通らない。
『死がふたりを分かつまで、ってねぇぇぇぇぇぇ!!』
正面の壁に鞭を食いこませたアザゼルが、鞭を吸い取る勢いを使ってリアムへと急速に接近する。
『があぁぁっ!』
接近しながらアザゼルは、口から黒い光弾を何発も発射する。回避が間に合わないリアムは、それらを剣で弾き逸らす。
『あはっ!!』
頬まで口が裂けたような不気味な笑みを浮かべ、アザゼルは勢いのままにリアムへ刺突を繰り出す。
刺突はリアムの剣とぶつかり合い、火花を散らす。
そのままアザゼルは何度も雑な斬撃を繰り出し、さらに左手の鞭を複数使い、雑多な斬撃の乱れ打ちをリアムへ浴びせる。
リアムはそれらを全て技巧にて打ち払い、しかし、あまりの物量に徐々に手傷が増えていく。
それ以上に、リアムの振るう剣が限界を迎えつつあった。もはやほとんどの刃はつぶれ、ただの鉄の棒に近い状態になりつつある。いつ折れてもおかしくない状態だ。
『大丈夫、リアム様は殺さない。私が、ちゃんと、大事にしてあげるからぁぁぁ!!』
目に狂気を宿らせ、口から涎が垂れていることにも気が付かないアザゼルは、大きく振りかぶり──
ドンッ!
横合いからの火炎弾に直撃を食らった。
『……、』
が、人非ざる者へと変貌したアザゼルには、この程度の攻撃は通用しない。ただ、怒りを買うだけであった。
『この、クソアマァァ……』
怒りに震えるアザゼルが、血走らせた目をエリシアに向ける。
『殺す!!』
背の黒い光輪から複数の光弾を放ちつつ、一気にエリシアに向けて飛翔する。
避けられない。エリシアにできることは、ただ手で頭を庇うくらい。
が、すべての光弾は、瞬時に割って入ったリアムにより全て弾き逸らされた。だが、代償として、リアムの剣は遂に砕け散った。
『逃げろと言ったのに……』
既に逃げていると思っていた。最後に残された仲間であるエリシアだけは、必ず守らなければと思っていた。だからこそ、咄嗟に出た言葉は小言。
しかし、彼女が自分を救ってくれた。この死地を共にしてくれている。そのことにリアムは感謝と喜びを感じずにはいられなかった。
だが、騙し騙し使っていた剣は遂に折れてしまった。彼女が居てくれるといっても、状況は最悪に近い。
『なんですか? そんな女庇って……』
アザゼルが、ゴキゴキと鳴らしながら首をかしげる。怒り心頭らしく、額にはピクピクと血管が浮かび上がっている。
『私のリアム様に集るハエのような女、すぐに私が潰してあげます、リアム様は私のもの……』
アザゼルの背の黒い光輪が更に太くなり、ゴキゴキと全身の筋肉が膨張し、強化されていく。
『すまないエリシア、たぶん、護り切れない』
リアムは長さが半分ほどになってしまった剣を構え、共に死する覚悟でエリシアに語り掛ける。が、
『大丈夫よリアム』
そう言いつつ、背後のエリシアが差し出したもの。それは
『聖剣?』
『間に合ったの』
『イチャコラしてんじゃねぇぞぉぉぉぉぉ!!』
“セレスティア”であった頃の面影を完全になくした怪物が、リアムに向けて突進する。
しかし、アザゼルは突如リアムから発せられた輝きに目が眩んだ。
『アガァァァァァァァァァ!!!』
と同時に、光によって全身が焼けただれていく。
『あぁぁぁ!?』
その光を発していたのは、リアムの掲げる聖剣であった。力を取り戻し、主であるリアムの手に戻りし聖剣が、その真価を発揮したのだ。
『うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
アザゼルは嘆き、叫び、落涙した。
輝きを放ち、真の覚醒を迎えた光の勇者。そして、その光に焼かれるアザゼル。
これは完全なる決別を表していた。
悲哀と寂寥に耐えられず、アザゼルは叫びながら逃げ去った。
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