29話:霊脈の淵

「この谷には、強く霊脈が流れておっての」


長老に案内され、リアムたちはドワーフヘイムのある谷を奥へと進んでいく。

進むにつれて住居はまばらになり、薄暗く湿っぽい雰囲気へと変わっていく。


「中でも、この奥には、特に強く霊脈が現れておる場所があるんじゃ。そこに湧き出す水は霊脈の力を強く帯びておっての。我らはそこを“霊脈の淵”と呼んでおる」


霊脈の淵を目指し、長老の案内で一行は谷を進む。

なお、長老は霊脈の淵へ赴くにあたり、同行者としてドワーフ数名に声をかけた。が、誰一人頷かなかった。「”浸し”はわしがやるから。お主らはついてくるだけでええから」との説得も空しく……。

よほど”浸し”が嫌なのか、はたまた”長老”に人徳が無いのか。そこにツッコミを入れる”勇者”は、幸か不幸かここには居なかった。


”長老”と呼ばれているのに”儀式”に際してお供が一人もおらず、案内のために先頭を行く長老の背中には、どこか哀愁が漂っていた。




谷を進み、雰囲気が変わっていくにつれ、ケンタは暗い気持ちになっていく。

チラチラと、”正史”の記憶が脳裏をよぎる。



『待っていましたよ、リアム様』

『き、君は……、セレスティア、なのか?』

白銀だった髪はカラスのような濡れ羽色に変わり、肌は蝋燭のように白い。以前の清楚な白いローブとは異なり、胸元や太ももなど、露出の多い衣服をまとった姿。

霊脈の淵、そこには、変わり果てた姿のセレスティアが居た。


『どうして助けてくれなかったんですか?』

『……すまない』


『見てください、私、手と足がとれちゃったんですよ?』


セレスティアが、両の二の腕と太ももを見せつける。そこには、荒々しく縫い合わせたような跡が見えた。よく見れば、全身のいたるところに傷跡がつけられていた。


『っ!?』

『他にもいろいろ取れて、とても痛くて、つらくて……、どうして、どうしてって』

『セレスティア……』

エリシアも悲痛な表情だ。


『私、リアム様を好きだったんですよ? なのにどうして助けてくれないの?』


セレスティアは無表情のまま、光彩のない瞳をリアムに向け、続ける。


『リアム様が助けてくれない、耳が取れたのに、手が取れたのに、足が取れたのに、お腹に穴が空いたのに、胸が抉られたのに、助けてくれない』

『……、ぼ、僕は──』

『あぁん!? 話を聞けよ!』

『!?』

リアムが何かを言いかけた瞬間、セレスティアの様子が豹変する。が、すぐにまた元の無表情に戻った。


『村が焼けてお父さんとお母さんが焼けた時も……』


セレスティアの目は虚空に向いている。もはやリアムの姿も見えていない。


『ずっとつらかった、魔法を使うたび、お父さんとお母さんの姿が見えて……。そしたら、魔法を失敗して、もっとつらくなって……』

セレスティアが両手で顔を覆う。


『でも、今は気持ちいいんです、ゼウス様が言ってくれたんです、”いいよ”って』

手を下ろし、再び露わになった顔には、恍惚とした表情が浮かんでいた。


『ゼウス様が私を変えてくれた、目覚めさせてくれた、気持ちよくしてくれた、世界を変えてくれた』

『セレスティア……?』

『あぁ!? 誰だよ? アタシにはゼウス様がくれた名があんだよ!』

再び激高するセレスティア。しかし、その激憤もすぐに鎮火した。


『私はアザゼル。魔王軍の新たな四天王の一人、【闇慈の執行者】アザゼル』

無表情のアザゼルは、背に漆黒の光輪を出現させ、


『勇者リアム、殺してあげますよ』

その言葉と共に、リアムへと襲い掛かってきた。





「どうしたケンタ! 表情が暗いぞ!」

「ぐぇっ!」

グレッグがケンタの背中をバンッと叩きながら大声で問いかけた。ケンタは勢いのまま前転し、正面の壁に激突した。


「もっと俺を優しく扱ってくれ! 俺を筋トレ道具か何かと思ってんのかよ!」

「ん? 何を言っているんだ? 器具やマシンは丁寧に扱うぞ?」

「器具以下の扱いだった!」


「いっそ殺してくれたら、無傷でリスポーンするのに」などと、かなり”能力に染まってきた”思考をしつつ、ケンタは擦りむいた膝の汚れを払いながら立ち上がる。


「大丈夫ですか? ケンタさん」

「!?」

ケンタが擦りむいた様子に気が付いたセレスティアが、間近でケンタに問いかけ、一瞬”正史”の記憶がフラッシュバックしたケンタは、ビクッと過剰に反応してしまった。


「ど、どうかしましたか? 膝、痛みますか?」

「あ、いや、どうだろ」

「もうっ! グレッグさん! いくらケンタさんでも、もう少し丁寧に扱ってください!」

「いや、その言葉、裏を返せば俺なら少々雑でもいいって言ってるよね? よね?」


「念のため、治しますね?」

笑顔でそう言いながら、セレスティアは回復魔法を行使した。


「あ! いや! だいじょ──」

ケンタの下半身が、馬に変わった。


そんな一幕もありつつ、一行は”霊脈の淵”へとたどり着く。




ケンタは息を飲みながら、そこへカポカポと蹄の音を立てつつ降り立ち、ゆっくりと見渡した。


薄暗い谷の奥底。霊脈の影響を強く受けているのか、こんこんと湧き出す水は、うっすらと緑の光を発していた。

時折、湧き水から緑の粒子が浮き上がり、岩壁を照らしている。


霊脈の淵は、とても静謐で、神秘的な空間だった。



──さすがに現れないよな



ケンタは自身の下半身を見下ろし、先ほど自分の下半身を馬に変えた犯人のことを思う。

セレスティアは攫われていない。だから、ここで闇落ちしたセレスティアが現れることも無い。



──魔法を失敗して、もっとつらくなって……



もしかして、今も辛いのだろうか。

ケンタは横目でチラリとセレスティアを確認する。


浮遊する緑の光を目で追っているセレスティア。徐々に上昇するその光を、口を開けた間抜け面で見上げている。



──あ、うん、何も考えてないな、アレは



ケンタは少し安心し、リアムに声をかけようとした、そのときだった。



パリッ!



黒い電撃が空間に走る。

直後、空間が裂け、そこから黒い電撃がバリバリと溢れ出した。そして、裂けた空間から押し出されるように、人が飛び出してきた。

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